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『数学 新たな数と理論の発見史』トム・ジャクソン編─何よりも数学を楽しむために

 トム・ジャクソン編『歴史を変えた100の大発見 数学 新たな数と理論の発見史』を読む。何か役に立つことを学びたいというのではなく、純粋に知的な興味から数学に触れてみたいという人に第一におすすめしたい一冊だ。トピック別でカラー・大判・図解入りだが、内容もデザインもすっきりまとめられていて、難なく通読することができる。興味深いテーマを見つけて深く学ぶ足がかりにするもよし、単に豊かな数学の世界に親しむもよしであるが、とにかく楽しめる本である。

 

 ちなみに原題は『Mathematics: An Illustrated History of Numbers』で、原著は「Ponderables」というシリーズの1冊である。出版社のサイト(Shelter Harbor Press)を見るとこのシリーズは今のところ全部で8冊あるようだが、他に『宇宙』『元素』『物理』『』がすでに邦訳されている。

 

 さて、「100の大発見」ということだが、こういった本の最終的なクオリティがおよそトピックの選び方で決まってしまうというのは多くの人が同意するだろう。その意味でこそ、本書の編集はすごいとしか言いようがない。少なくとも数千年ある数学の歴史を100の項目、それも一項目を半ページから2ページほどで表現するという職人技だが、選ばれたリストを見ると、知的好奇心のある人なら誰もが興味を惹かれずにはいられないだろう。もはやリストそのものがフェロモンを放っているような感じである。

 一応、「歴史」ということでトピックは「有史以前から中世まで」「ルネサンスと啓蒙の時代」「新しい数,新しい理論」「現代数学」と分かれているが、実際のところこの分類はあってないようなものだ。何しろ数学では、一つの問題に数百年かけることもあれば、二千年続いた常識が変わることもあるし、ある発想が時代が変わってから本来の思惑と無関係に応用されたりする。要するに、年代なんて関係ないのである。そのことも十分に体感させられるつくりとなっているが、一方でこれは、実は数学の世界がきわめてつかみどころのない、開かれたものであることもうまく表しているだろう。

 あるいは、「数学」という言葉に縛られすぎずにトピックが選ばれているのも本書の特徴である。序盤ではさすがに「黄金比」「プラトンの立体」「ディオファントスの方程式」といった一般的な意味での数学馴染みのテーマであるが、中盤では「三体問題」「群論」「超越数」等々に混じって、経済学でおなじみ「マルサスの学説」や、神経科学ないし生理学でおなじみ「ヴェーバー=フェヒナーの法則」も取り上げられているし、何となれば「海王星の発見」なんてのもある。

 さらに「現代数学」になると、もう現代数学というよりコンピュータの歴史とも見えるし、あるいは単純に「理論」と名のつくものを分野に関係なく集めただけじゃないかとも言われそうだが(「一般相対性理論」「ゲーム理論」「情報理論」「ひも理論」など)、どっこい、もちろんこれは、数学がいかに多くの分野で重要であるか、あるいは数学がいかにあらゆる物事と関係を持つかということをやはり表していると言えるのである。学問としての数学の射程を想像させるつくりは見事だ。

 

 こうして100のリスト(つまり目次)を見るだけでも興奮するのだが、もちろん各項目の内容も素晴らしい。記述は簡潔で図解は最小限、中身は深入りしすぎず薄っぺらすぎずということで、あくまでも私にとってではあるが、他に類を見ないレベルでちょうどよい。たぶん、この調子でヴォリュームが倍になると通読は少しためらうだろうし、中身がなさすぎると買わない一方、ありすぎるとそれもまた通読はしないだろう。そう思えば本書をこれほどすすめたい理由は、かくも広範な世界を一回の読書で見られるということに尽きるかもしれない(なんと本書は150ページにも満たないのだ)。

 さておき、一項目ぐらいは中身を見ておこうということで、何となしに「トポロジー」を取り上げてみよう。トポロジーとは、距離や角度や長さはすべて忘れて、図形の配置だけに興味を持つ分野である。トポロジー的に言えばドーナツとコップは同じもの、というのが有名な導入だが、これはドーナツもコップ(持ち手が一つの典型的コップ)も穴が一つで、新たに穴を開けたり閉じたりせずに変形すれば、図形として互いに変換可能だからである(トポロジーの「やわらかい幾何学」たる所以である)。

 要するにトポロジーでは、あらゆる図形を辺と頂点からなるネットワークと見なす。その上で、どんなに表面をゆがめても変わらない性質を研究しようということである。ちなみに、これがわかれば人間もドーナツやコップと同じであることがわかる。一見すると人間は球にでもなりそうだが、実は人間には口から肛門まで、食道、胃、腸と名前は変わるが続いている一本の管が貫通しているからだ。トポロジカルには人体は明らかにドーナツ状なのである(ちなみにこの図形は「トーラス」と呼ばれている)。

 もっとも、こんなことを研究して何がおもしろいのかと思う人もいるだろう。そこで本書では、そもそもの発想はオイラーが1736年に発表した論文「ケーニヒスベルグの七つの橋」から生まれたグラフ理論にあるということがきちんと紹介されている。これも有名だが、七つの橋をすべて一度だけ通って街を一周できるかというものだ。オイラーはこの問題を解くにあたって、橋の方向や距離は無視して「つながり具合」だけに注目すべきことを見抜いたわけだが、これがトポロジーのはじまりだったのである。

 ちなみに同項目では、関連する「クラインの壺」や「メビウスの帯」の絵も載っているし、携帯のアンテナ用支柱をどこに立てればネットワークが最適化できるかといった問題を解くのにトポロジカルな発想が役立っていることも紹介されている。あるいは、二つの図形が同値かどうかは正確には「ホモロジー」と「ホモトピー」で決まることや、結び目や多様体を研究する下位分野があることにも触れられていて、単にドーナツとコップが同じであるという発想に驚くだけでは飽き足らない場合に何を学べばよいかも示してくれている。とにかくコンパクトに知識がまとまっているのである。

 

 最後に付け加えておくと、ざっくり「数学」ということで、本書には最初に分野のマッピングがあるのもユニークなところだろう。それによれば数学には「算術」「数論」「幾何学」「数理哲学」「関数解析」「応用数学」といった各分野があり、さらに例えば「幾何学」には「三角法」「フラクタル」「微分幾何学」といった下位分野があることも図示されている。各分野の簡単な説明もついているが、ある程度の全体像を見ることができる、ありそうであまり見かけない優れものだろう。数学は苦手、もしくは興味がないと思っている人も、それは特定の分野だけだと判明するかもしれない。

 あるいは巻末には、索引はもちろん、数学の用語集や未解決問題の紹介、主要な数学者のプロフィール、さらにはけっこう詳しい数学歴史年表までついている。こうして全て見れば簡潔ながら盛りだくさんなのであるが、どのページも退屈しないように工夫されているし、余白が十分に取られていてごちゃごちゃしていないのも読みやすい。少々値は張るが、それを差し引いても手元に置いて繰り返し触れる価値のある一冊である。実用的には、アイデアが出てこないとか、知的刺激が欲しいときにパラパラ読むのもいいだろう。

 

歴史を変えた100の大発見 数学 新たな数と理論の発見史

歴史を変えた100の大発見 数学 新たな数と理論の発見史

 

 


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