Why Bats Crash Into Buildings - The New York Times
https://www.nytimes.com/2017/09/07/science/bats-echolocation-buildings.html
コウモリはなぜ壁にぶつかるのか。テクノロジーの分野では、むしろコウモリは「なぜぶつからないのか」として参考にされたりしているが、同様に「なぜぶつかるのか」を問うこともできるだろう。というより、元はと言えばどちらにも注目すべきかもしれない。実際のところ、コウモリは壁にぶつかったりぶつからなかったりするのだから。
そもそも、なぜコウモリは壁にぶつかる場合とぶつからない場合の両方があるのか。結論から言えば、これは要するに「壁とは何か」という問題となるようである。
簡単にまとめると、まず、コウモリは慣れ親しんだ環境にある壁を避けるのはもちろん得意である。ご存じの通り、多くのコウモリは進化の過程で「反響定位」(エコロケーション)の能力を獲得しており、超音波を発してその反響(エコー)から周囲を認識するという特異な能力を持っている。しかし、だからこそ不自然な環境、つまり「人工物」の場合には、避けるのが難しいということになる。
人工物が苦手なのは、要するに建物等の人工物の「壁」は、自然界にある「壁」と違って、凹凸がほとんどないからである。したがって角度がついている場合、超音波は逸れるばかりで返ってこないため、衝突する直前まで壁は存在しないも同然とみなされることになる。自然界では垂直に立つなめらかな壁はないに等しいから、その意味で人間が造る金属やガラス製の「壁」は「不自然」きわまりないということだ。
さて、内容を先取りしてしまったが、最初に貼った記事でも紹介されているように、こうした研究結果が示された論文が先ごろサイエンス誌に掲載されたということだ。
研究を主導したのはマックス・プランク鳥類学研究所のステファン・グリーフ博士らだが、そもそもグリーフ博士らの以前の研究では、人工的な板を「水平に」、つまり地面に置いた場合はどうなるのかということはすでに実験されていた。そして、コウモリは地面に置かれた「なめらかな表面」は「水面」と見做しているようだということがわかっていた(実際に水を飲もうとするような動きを見せる)。
一方で「垂直」の場合が今回の争点だったが、実験では、洞穴風の暗い部屋の中で垂直と水平にそれぞれ金属製の板を設置しておいたところ、放った21匹のコウモリのうち、垂直に設置したものにはじつに19匹が最低一回はぶつかったという。他方、水平のものには一度もぶつからなかったということだ。シンプルではあるが、こうして「垂直に立つなめらかな壁」がコウモリにとっての障壁であると考えられるわけである。
もっとも、記事によれば、この論理では不十分であるとする研究者もいるようだ。というのも、一般に思われているのと違って、コウモリは目が見えないわけではないからだ(実際、大型のコウモリの多くはむしろ視覚優位である)。つまり、エコロケーションで「感じる」ルートとは別に「見える」ルートの情報も考慮に入れる必要があるというわけだが、このあたりの感覚情報の統合がどのようになされているかという問題は、人間との比較も含めて今後大きなテーマとなる可能性があるだろう。
ちなみに、コウモリと言えば「哺乳類で唯一飛べる」(滑空ではなく、鳥類に匹敵する飛翔能力を持つ)ということが一つの豆知識のようになっているが、これをどうみるかは微妙なところだ。というのも、コウモリは優に1,000を超える種が確認されており、種の数でいえば哺乳類全体の20%ほどにあたるからである。つまり哺乳類の5種に1種は飛べるわけで、それなら哺乳類が飛ぶこと自体は珍しくはないとも言えるのである。
ちなみに、それぞれの種に固有の主観的な知覚世界のことを生物学では「環世界」という(ユクスキュル/クリサートの『生物から見た世界』という薄い本で提唱されたもの)。こうしたトピックに興味のある人は、邦訳が出たばかりのドゥ・ヴァール『動物の賢さがわかるほど人間は賢いのか』は読んでおいて損はないだろう。