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『図説 英語史入門』中尾俊夫─歴史を学ぶおもしろさ

 中尾俊夫『図説 英語史入門』を読む。

 

 手短に本書の特徴を挙げると、さらりと通読するタイプの本ではないこと、図版が多く時代背景を視覚的にイメージできるように工夫されていること、随所にあるコラムで言語学の基礎知識にも触れられていることなどがあるが、こうしたことからすると、大学の教養課程で教科書として使われていることが想像されるものである。

 もっとも、一方で「図説」と名がつく他の多くの本からイメージされるような構成であることも間違いなく、その意味では娯楽的要素を入れつつも学問的な英語史への入門にもなっているという、ほどよい性格の一冊だと言えるだろう。したがって最初の一冊としておすすめできるわけである。

 もちろん英語の歴史に関する読み物は数多くあり、とりあえず読みやすいものを読むのも手だが、最初から少しでも体系的に整理されている方がよい場合にはまさにうってつけだと言えるだろう。端から端までじっくり読むのは骨が折れるが、興味を持ったところから自由に読めばよいと言える。

 

 さて一般に「英語を学ぶ」という場合、「英語を学ぶ」と「英語について学ぶ」の二つがある。前者は実際に英語を操る能力を身につけることを目指しており、後者は英語という言語についての客観的な知識を身につけることを目指している。したがって本書は後者であり、英語を学ぶこととは別のことではあるのだが、それでも英語の成り立ちや変化を理解していると、より立体的に英語が理解・運用できるのは事実である。つまり、英語のセンスを身につけるという意味でも、触れておいて損はないのだ。

 

 たとえば、よく知られているように英語にはフランス語からの借用語がとても多い。発端となったのは1066年のノルマン・コンクエストだが(この1066という数字はイングランド人が頭に刻みつけているもので、イギリスの歴史は1066年とその他から成るというジョークまである)、それ以降のイングランドでは、上流階級はフランス語を使い、一般大衆は英語を使うという二言語併存状態だった。

 その後、ナショナリズムがおこって上流階級も再び英語を使うようになるのだが、それではフランスから多くを学んだ政治や法律、宗教、文化などの方面での語彙が足りなくなってしまうため、結局フランス語に多くを負うことになってしまったというわけである。つまり、概念そのものが新たに入ってしまえば、それを表す語は何かしら必要だということだ。言ってみればこれが言葉の強制力である。

 もっともそうした中で一方で流入しすぎた部分もあり、結果として同じ意味を表す語に本来語起源のものとフランス語起源のものが併存するという状況を作り出していったわけだが、英語にむやみに語が多いのは、グローバル化以前にそのせいでもあるということだ(ちなみに日本は明治期に多くの翻訳語をこしらえたことでその後もずっと日本語を使い続けることに成功している)。

 

 さて、英語史には四つの時代区分があるが、せっかくなので中英語の「Svmer is icumen in」という歌の歌詞を引用しておこう(1300年頃のもの)。ちなみに四つの区分とは、古英語(450~1100)、中英語 (1100~1500)、近代英語 (1500~1900)、現代英語 (1900~)であるが、中英語がどれほどわかるか試してみてほしい。

 

Svmer is icumen in ─

Lhude sing, cuccu !

Groweþ sed and bloweþ med

And springþ þe wde nu.

Sing, cuccu ! (p.93より)

 

 英語と言われたら英語に見えなくもないが、肝心な部分がよくわからない。もっとも十七世紀までは「u」と「v」の区別がなかったことを考えると(ちなみに「i」と「j」の使い分けもかなり自由だった)「svmer」は「summer」ではないか、といったように推測できたりするから、英語史を学ぶ甲斐もあるというものだろう。ちなみに邦訳は次のようになる。

 

夏は来たりぬ

高らかに歌えカッコー!

種は育ち草は繁り

今、木は葉をつける

歌えカッコー!

 

 つまり(「夏」ではあるが)われわれの感覚で言えば、「春の訪れを喜ぶ歌」に相当するものなのであった。ちなみに歌っているのがYoutubeにあったので貼っておこう。

 


Sumer is Icumen in (The Hilliard Ensemble) - YouTube

 

 ということで、英語能力向上という大義名分はともかく、英語史はそれ自体、単純におもしろいのである。個人的には英語に限らず言語には好奇心をそそられるのだが、英語学習に疲れた時に息抜きとして時代の違う英語をみてみるというのもありだろう(そうすると現代英語を自分がいかによく理解しているかに驚いて学習意欲も戻ってくるはずである)。

 

  ちなみに近代英語に属するホッブズやシェークスピアなどは電子書籍なら無料でも読めるが、何と言っても英語といえば手元に置いておきたいのはやはり聖書、中でも伝統ある「欽定訳聖書=キング・ジェームズ版聖書」だろう(今では英語訳聖書は複数ある)。なぜかと言えば、実は欽定訳聖書こそ今で言う「英語」のルーツなのであり、つまりここにある英語こそ、国語としての標準英語のもとになったものだからだ。その意味では現代日本語を学ぶ時に夏目漱石を読むのと似ているが、興味のある人はそちらもチェックしてみるとよいだろう。

 

図説 英語史入門

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