フリー哲学者ネコナガのブログ

いろんなアイデアを解説したり、本を紹介したり、エッセイを書いたりしています。

いはんや「読書の秋」においてをや

今週のお題「読書の秋」 はてなブログの今週のお題が「読書の秋」ということであるが、これをみて思ったことから自由に書いてみることにする。ちなみに昨年はきちんとお題の目論見通りに書いた(『地球進化 46億年の物語』ロバート・ヘイゼン─「秋の夜長に楽…

エッセイとは何か、というエッセイ

「エッセイ」とは、今日では非常に曖昧な概念だが、近代的なそれはモンテーニュの『エセー 』"Essais"(1580年)に端を発するものである。この本は今でもよく読まれているが、最後のところに、竹馬に乗っても結局歩いているのは自分の脚であるし、玉座に登っ…

なぜ何もないのではなく何かがあるのか

www.scientificamerican.com 「なぜ何もないのではなく何かがあるのか(why is there something rather than nothing?)」。これは、ウィキペディアにもマニアックなエントリーがあるが、昔から多くの人間を悩ませてきた、広い意味での哲学における有名な問…

「重複表現」の問題(2)なぜ「違和感を感じる」に違和感を覚えるのか

nekonaga.hatenablog.com 「重複表現」について、前回はそれを嫌うことの妥当性についてみてみたが、今回は「なぜそれが生じるのか」も含めてもう少し真面目に考えてみることにしたい。具体的には、なぜわれわれは「頭痛が痛い」という言葉を聞くと頭が痛く…

「重複表現」の問題(1)「頭痛が痛い」は間違いなのか

「重複表現」というものがあるが、これについてとりとめもなく考えてみたい。 重複表現といえば、まず思いつくのは「頭痛が痛い」かもしれない。これは、最初の「頭痛」という言葉にすでに「痛い」という意味が入っているから、意味が二重になっている。だか…

ノーベル経済学賞受賞者はなぜロバートか

本など読んでいると「ノーベル経済学賞を受賞した○○が~」みたいな記述に出くわすことは少なくないと思うが、「経済学賞にロバート多すぎではないか」と思ったことないでしょうか。 個人的には何度もそう思って、いつも放っていたのだが、何度放っておいても…

コサ語学習者はコサ語の難しさに苛立っているわけではないという話

natgeo.nikkeibp.co.jp マッコウクジラは、クリック音でコミュニケーションしていて、方言まであるらしい。言語学をかじっている人なら、コミュニケーションのために発する音だからと言ってすぐに「言語」と言ってよいかという点はつっこみたいのが山々かも…

「常識」とは何か(2)常識には二つの意味がある

以前、「常識とは何か」という記事を書いたが、そこでの言い分は「常識のほとんどは言葉にされていない」ということであった。もっとも「常識とは何か」ということであれば、そこでは「常識なるものがある」ということを前提としている。しかし、「常識など…

「常識」とは何か(1)常識の多くは暗黙知である

常識とは何だろうか。これを説明するのは簡単ではない。しかし、言葉にできなくとも、人は「私は常識を知っている」と思う。そして、「多くの人が常識を知っている」と知っている。要するに、ある意味ではそのこと自体が常識なのである。 一般的には、常識と…


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