フリー哲学者ネコナガのブログ

エッセイを書いたり、いろんなアイデアを解説したり、本を紹介したりしています。

「天才」について

「天才」とは何かといえば、歴史的経緯はともかく、今ある概念の説明としては、「何をやってもライバルがいない者」とか「多くの分野で突出したパフォーマンスをみせる者」ということになるだろう。 ここで重要なのはつまり、「一つだけ」ではだめだというこ…

「なつかしい」とは何か─なぜ「なつかしさ」を求めるのか

「なつかしい」とは何か。あるいは「なつかしさとは何か」でもいいが、あまり研究が進んでいるとは言えないこの感覚/現象について、少し考えてみたい。 まず、ここで言う「なつかしい」が何を指しているかを共有する意味も兼ねて、その特徴をいくつか考えて…

「よろしかったでしょうか」は間違いなのか

いわゆる「接客」における「よろしかったでしょうか」という言い回しは、しばしば「間違っている」とされる。そしてそれが心理的な対立の原因となることも少なくはないようなのだが、もっとも、その真偽のほどはそれほど定かではないし、実際のところそれは…

なぜスポーツをするのか(続)─スポーツの現在とこれから

www.afpbb.com アメフトでは避けがたい「脳震盪」をどうみるかというのはもう十年来の問題だが、「物」としての人間の脳がそう簡単に変わらない以上、事情は他のスポーツでも同じである。今やアメフトにおいてはヘルメットが詳細にテストされ、関連するルー…

つまり「古典」に倣うことについて

「最近はことに手書きで文章をつくる機会が極端に減ったので、現代人はどんどん文章が書けなくなっている」という言い分が、一時期あって、それはもう、それに対する「いや、現代ではスマホやパソコンで以前なら文章にしなかったことまで文章にしているので…

「鳥肌」以前以後─人類にとって鳥肌とは何か

「鳥肌が立つ」のは、人間が毛むくじゃらだった時代の名残である。動物が「毛を逆立てる」といえばイメージしやすいが、要は筋肉が縮まると、寝ていた毛が立つ。原因はだから、筋肉を縮めるあらゆる物事でありうる。寒いのかもしれないし、怖いのかもしれな…

油絵とは何か、あるいはミニチュアとリアル

油絵とは、最もドライにいえば、油絵の具で描いた絵のことである。油絵の具は顔料と油からなる。顔料はもちろん自然界からとってくるもので、だから時代を遡るほど人や地域によって違いが際立つが、たとえば植物をすりつぶして粉にする。それを油絵の前はテ…

食欲は三大欲求ではない

食欲・性欲・睡眠欲は三大欲求であると、まことしやかにささやかれている。つまり(まことしやかとはまことでないことをまことであるかのように言うことなので)これはいい加減な主張である。 もちろん何をもって「いい加減」と言うかはさておきだが、少なく…

「胡散臭さ」の胡散臭さ、あるいは信頼と熟考

「胡散臭い」とは、印象、それも多くは第一印象であって、間違っても結論ではない。印象は簡単に決まる、あるいは簡単に変わるから、要するに信用できない。だから人は思考することで結論を出すのだが、つまり「胡散臭いから信用できない」などといって終わ…

二十歳と成人と大人と

今週のお題「二十歳」 二十歳になるとは、二十歳になることである。それ以上の意味はない。 成人になるのと大人になるのは、別のことである。「成人(成年した者)」は法律的に定義されるが、「大人」は文化的な概念である。したがって、何歳であろうが子ど…

なぜすべてが中国や朝鮮から来るのか

すべてが中国や朝鮮から来る、それは一言でいえば、日本がシルクロードの終着点だからだ。 シルクロード、などという概念がいつできたかは別として、その道は言わば最初からあった。文明の起こった各地からともあれ東へ東へと移ると、日本にたどり着く。もち…

音読と黙読についての覚え書き

(この記事は複数の過去記事をもとに加筆・再編集したものです) 「読む」とは、呼ぶ、に通ずるともされているが、詠むと同じく、語源的には「一つずつ追っていく」ことをさす。だから数を数えることも「よむ」であるし、「情勢をよむ」などの場合も、やはり…

縦書きと横書きについての覚え書き

(この記事は複数の過去記事をもとに加筆・再編集したものです) 「書く」とは、描くや掻くと同じく「ひっかく」の「かく」であり、他の多くの言語と同じく、語源的には「きざみつける」という行為をさす。それゆえと言うべきか、文字は今でも依然として平面…

「絶世の美女」も「美人」も実在しない

「絶世の美女」という言葉は、もはやリアリティを持っていない。もちろん言葉として使われていないことはないが、それが本当に指すものは、もう誰も思い浮かべられないだろう。 「絶世の美女」がありえたのは、生涯に出会う人の数が、せいぜい数百や数千だっ…

都会での距離感覚、本能と適応

人のむやみに多いところでは、それだけで人はある種のストレスを感じる。これは人類に普遍の現象である。 典型的には、あまりにも大雑把な描写だが、「田舎から都会へ」移住した場合である。このような場合、ほとんどすべての人があまりの狭さに驚くことにな…

プラスチック神礼讃

プラスチックは最近、悪者扱いされている。もちろんこれだけ大規模になれば、誰もが第一人者たちと同じくらい問題を考えられるわけではないので、仕方がない部分はあるだろう。しかし、何かを非難するときは慎重にならねばならない。 まず、プラスチックが悪…

そばを食べたことがありますか

そばを食べたことがありますか、などといえば人を馬鹿にしているのかと言われそうだが、ともすると現代では、そばを食べたことがない人も少なくはないのかもしれない。 そばとは、そばきりの略である。正確にいえば、ソバという植物の実を粉にしたのを加工し…

テクノロジーは進化しない

「進化」には今では大きく二つの意味があって、一つは生物学的な意味での進化、つまり進化論と関係する進化であり、もう一つは「進歩」の意味、つまり進化論と関係しない進化である。この二つはどちらも印象だけでとらえられていて、しかもごちゃ混ぜにされ…

映画字幕と日本教

前の記事(映画字幕の謎とこれから)で書かなかったことについてべつに書いておこう。字幕が基本的にガイドであることや日本の弁士文化についてはそちらを読まれたい。 映画字幕をみていて個人的に本当に気になることの一つは、時にそれが説明的にすぎるとい…

映画字幕の謎とこれから

映画につけられた字幕を素朴に眺めてみると、じつにいろいろな疑問が浮かんでくる。なぜ言っていることの全部が表示されないのか。なぜ実際に言っているのと違うことが表示されるのか。なぜもはや誰も使わない言い回しが使われるのか。なぜ女性がしゃべると…

静寂と、音と光と心の平穏

音と光について書いてみよう。これらは「五感」と呼ばれている感覚の分類法でいえば、そのうちの二つ、聴覚と視覚に深くかかわるものである。そしてこの二つは、他の三つの感覚が対象物との直接的な接触を伴うのに対して、間接的な感覚であり、つまり長距離…

島田裕巳『神社で拍手を打つな! 日本の「しきたり」のウソ・ホント』

島田裕巳『神社で拍手を打つな! 日本の「しきたり」のウソ・ホント』を読む。 本書は、タイトルは意訳的だが(タイトルをつけるのはふつう編集者である)、内容はまさに「神社で拍手を打つ」ことをはじめとした日本の「しきたり」の数々を一つ一つ丁寧に検…

「無知の知」とは結局何なのか

「無知の知」という言葉がある。これは、典型的な説明としては、(1)古代ギリシアの哲学者ソクラテスの言葉であり、(2)「自分は知らないと知っている」という意味であり、もっといえば(3)「だから私は、知らないと知らない人よりは優れている」とい…

なぜスポーツをするのか─「スポーツの秋」に寄せて

nekonaga.hatenablog.com 秋である。昨年ははてなブログの「お題」により「読書の秋」ということで書いたが、それについてはこれ以上考えても仕方がないというのもあるし、ちょうど「スポーツ」とのかかわり方に関する新ガイドラインがNATA(全米アスレティ…

「思想」とは何か─ただの「考え」とはどう違うのか、あるいは現代において

(この記事は以前公開していた同名記事を基にあらたに構成したものである) 「思想」とは何か。いわゆるただの「考え」とはどう違うのか。世には様々な「思想」があるとされるが、一方で「思想とは何か」と問われると、ただちには答えがたいのではなかろうか…

カモメの卵の振動コミュニケーションについて

Even Unhatched, Birds Exchange Survival Skills - The New York Times www.scientificamerican.com ふ化する前の鳥の卵が、卵同士で情報を伝達しているようである、ということが新たな研究でわかったらしい。鳥と言っても今回は「キアシセグロカモメ」に限…

失礼な記事とネット上でのマナーについて(3)

nekonaga.hatenablog.com この記事は三本構成の最後にあたるものなので、前二つを先に読んでいただければ幸いである。 このブログを非常識な形で取り上げている記事を例にネット上でのマナーを言語化しているところだったが、前二回で確認したのは、一言でま…

失礼な記事とネット上でのマナーについて(2)

nekonaga.hatenablog.com この記事は前回の続きであるので、順番に読んでいただければ幸いである。 このブログを非常識な形で取り上げている記事を例にネット上でのマナーを言語化しているところだったが、前回みたのは、件の記事において第一におかしいのは…

失礼な記事とネット上でのマナーについて(1)

数か月前のことだが、はてなブログの「言及されました」の通知がたくさん来ていたのでみにいってみると、このブログの記事がとても失礼な形でとりあげられていた(「失礼」と自分で言うのもおこがましいかもしれないが、とりあげられているのが誰であろうと…

「調べる」とはどういうことか

「調べる」とはどういうことか。「調べる」とは、今や一部ではほとんど「ネットで検索する」と同義になっている言葉でもあるが、それもあってもはや誰もが日常的に行うものだということになっているし、あるいはその意味での「調べ方」を指南する本や記事も…


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