フリー哲学者ネコナガのブログ

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秋の夜長に楽しみたい本、ロバート・ヘイゼン『地球進化 46億年の物語』

 今週のお題「読書の秋」

 

 はてなブログの「今週のお題」で、「秋の夜長に楽しみたい本」ということである。もっともいくら「夜長」でも、よほどおもしろい小説でもなければわざわざ分厚い本を読みたい人は少ないであろうから、読むという作業よりもその内容を「味わう」ことに長い時間をかけるというコンセプトで、コンパクトで読みやすい本を紹介することにする。

 

 余談だが、そもそも「夜長」とはこの時期に日の入りが早くなって夜の時間が長く感じられることだが、ご存じのように日照時間が最も短くなる「冬至」で夜長シーズンは終わりとなる(ちなみに今年の冬至は12月22日である)。ところで、古代のインド・イラン起源でかつて存在した太陽信仰の「ミトラ教」では、冬至を境に逆に日照時間が長くなってゆくことから、冬至を太陽神の「誕生」の日として祭を行ったとされるが、実はこの祭をキリスト教が採り入れたのが今の「クリスマス」である。

 つまり、こじつければ「秋の夜長」はキリスト教文化とも結びついているわけだが、それなら、むしろ分厚い本が読みたいという人には『聖書』をおすすめしておこう。一気に全部は難しいので、とりあえず『新約聖書』だけでも、あるいはもっと切りつめて福音書部分だけでもいいが、ともかく読み物として聖書を読むのは端的におもしろいのでおすすめだ。神話、歴史記述、物語、あるいは名言集、アンソロジー等、聖書はいろんな要素が含まれているが、宗教を離れて読めば興味深い発見があることだろう。

 

地球進化 46億年の物語 (ブルーバックス)

地球進化 46億年の物語 (ブルーバックス)

 

 

 さて、本題であるが、紹介したいのはこちらのロバート・ヘイゼン『地球進化 46億年の物語』である。原題は「The Story of Earth」で、本国ではもちろん好評を博しているようだが、日本語訳も非常に読みやすく、何度も読みたくなるような一冊だ。

 そもそも私はこの分野には親しくないのだが、監訳者解説によれば、著者のヘイゼンは鉱物学者でありながら「天体生物学者の洞察力があり、歴史学者の見解に長けているし、博物学者の鑑識力を有している」らしく、さらに本書については、ウェゲナーの『大陸と海洋の起源』やラブロック『地球生命圏―ガイアの科学』といった本に匹敵するほどエポックメーキングな書であるという。すごい褒めようだ。

 もっとも、専門家の間での評価はともかく、一般人が読んでおもしろいのは間違いない。何より看板通り「物語」になっていて、この分野でありがちな単なる事実の羅列ではないのがポイントだが、というのも、まさに「時間の概念を入れて地球を語る」というのが著者の目論見だからだ。要するに、地球は絶えず変化しておりいつでも不安定である、という見方を前面に押し出しているのである。だから歴史的に語ることで話がつながるのだ。

 

 ということで、全11章で地球の「誕生」に始まり「未来」で終わるという構成になっているが(地球誕生前、地球の年齢0~5000万年、5000万~1億年、といった形で章分けされている)、最初にかけ足で宇宙の誕生をみたあと、地球の形成、海洋の形成、という具合に進む。こんな壮大な話を有意義に理解しようとすれば一方で多くの分野の基礎知識が必要ともなるが、そのあたりは話の流れを止めない程度にいちいち説明されているのが親切だ。

 また、もう一つ本書をおもしろくしているのはおそらく、主軸として地球の歴史を行き来しつつ、人類が地球をどのように考えていたかについての知識の歴史、さらに著者の個人的な体験や研究の歴史も行き来して語られているということだろう。要するに、全くタイムスケールの異なる話が絶妙なバランスで織り交ぜられているのである。ともかく著者の語り方は本当に見事で、ドキュメンタリー映画を観ているかのような読書体験は爽快だ。

 あるいは記述の特徴という意味でも一つ挙げておくと、とりわけ著者が読者との対話感を常に意識しているであろうことも好感が持てる理由である。例えば、どのような経緯、またどのような方法でそんなことがわかるのか、といった素朴な疑問は問うまでもなく最初から記されているし、かと言って説明のオンパレードではなく「ほどよさ」がきちんとある。このあたりの橋渡し的筆致のうまさは英語圏の優れたサイエンス読み物の伝統だが、とにかく圧倒的に読みやすいことは強調しておこう。

 

 さて、個人的におもしろかった、月の形成を扱った部分を紹介しておこう。地球史なのになぜ「月」に一章が割かれているのか疑問に思う人もいるかもしれないが、そもそも「地球」というものをまるで独立して存在するものであるかのように扱うことはできないのだ。この「何ものも全体の一部である」という発想は本書を通して前提となっているが、例えば地球システムの複雑さを表現した以下のような記述からもそれはうかがえるだろう。

 「空気、水、陸地はそれぞれ別の領域で、違った時間のスケールで変化しているように見える。天気は日によって変わる。海は一〇〇〇年以上かけて変化する。岩石のサイクルは一〇〇万年以上だ。超大陸が分かれたり凝集したりするには何億年もかかる。しかし地球のすべてのシステムは、目に見える形で、あるいは見えないところで、影響し合っているのだ」(p.265)。

 要するに、全ては最初から結びついており、作用する時間や規模は違うとは言え、全体を全体として見ようとしなければ理解することはできないということだ。われわれは、あくまでも説明の便宜上いろいろなことを無視しているにすぎないのである。そのことを忘れると言わば単純化の罠にはまることになるが、そこで話を戻すと、実は「月はどのようにできたか」の議論は、まさしくそのいい例になっているのだ。

 月の形成について著者は、約200年の研究で「説明するのがきわめて難しいことがわかった」と話を始めるが、1969年のアポロによる月面着陸の前には、三つの主要な仮説があったという。それぞれ、猛スピードで自転していた初期のどろどろ地球からあるときマグマの塊が切り離されて軌道に乗ったというもの、元々は別個にできたがあるとき接近して地球が月を捕獲したというもの、そして、地球を回る塵や破片が集まってできあがっていったとするものだ。

 もっとも、アポロが持ち帰った月の石を調査した結果、ただちにこれら三つの仮説は間違っていることがわかった。そこで著者によれば、実は月の形成についての初期のモデルは、地球以外の惑星や衛星の軌道データを無視していたのだという。まさに全体性がなかったわけだ。さらに著者は、理論に合わない現象が見つかるととかく「例外」として棚上げしてしまう科学界の文化を批判してもいるが(月はまさに「例外」だったわけだ)、本当は例外こそが物事を理解する本質なのだと強調している。蓋し至言だが、さもなければ毎朝起きて研究室に向かう意味はないとまで言う念の押しようだ。

 実際、月の形成についての議論がその後どうなったかといえば、「例外」をつきつめて考えた結果として、現在の主流である「ジャイアント・インパクト説」が出てきたというわけである。これは原始地球に別の大きな天体が衝突した残骸が月となったと考えるものだが、当初は言わば「異端」であったこの説に倣って「衝突」をキーワードとすれば、同様にこれまで不可解だった金星の逆回転や天王星の横回転まで説明できるかもしれないという。それもこれもまずは「例外」をどう扱うかに始まっているということだ。

 

 さて、結局この月の話がなぜおもしろくなるかと言えば、やはり最初に書いたように、いくつもの軸を行き来して語られているからだろう。実はアポロが持ち帰った石のところでは実体験も語られているし(石というより粉だが、連邦職員が両脇にいる中で著者の指導教授がその粉を分けていた時、アクシデンタルにもみんなその粒子を吸いこんでしまったとか)、また現在の測定値から初期の月の様子をヴィヴィッドに描写する部分もある(形成当時の月は地球にはるかに近いため今の250倍に見え、さらに火山活動で表面は黒く、赤いマグマが詰まった裂け目や池が見えていたとか)。

 あるいは本書では、天体ということで言えば「太陽」との関係ももちろん頻出することになるが、それよりなによりおもしろいのは、後半で急に「生命」が正面に出てくるようになることだろう。つまり、生物の歴史と無生物の歴史が両方同時に語られているのだが、といってももちろん単に併記されているのではなく、生物が出てきてもなお、「初めから密接に結びついてそれぞれが変化し続けている」という視点が貫かれているのである。これについては本書の大きな特徴とも言えるだろうが、一部だけ挙げても伝わらないので、続きは本書でのお楽しみといったところだ。

 

 最後に一言でまとめると、変な言い方かもしれないが、これはまさに読むための本だ。おもしろく読める科学読み物はたくさんあるが、本書は、どうせなら楽しんで知識を得よう、という趣きの本ではない。むしろ、きちんとした知識が綴られているにもかかわらずお気に入りの小説のように繰り返し読みたくなる一冊なのである。その意味で「秋の夜長」でもなんでも、読書それ自体を味わう向きにはうってつけの一冊だ。類書が思いつかないほど稀有な本だが、個人的には今年読んだ中でも特におすすめである。

 

地球進化 46億年の物語 (ブルーバックス)

地球進化 46億年の物語 (ブルーバックス)

 

 


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