フリー哲学者ネコナガのブログ

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背表紙タイトル上下左右

 文字を「どちらからどちらへ書くか」というのは、ご存知のようにそれなりのバリエーションがある。例えば古代では「牛耕式」というのも珍しくないが、つまり牛が農地を耕すように、左から右へ読んだ次の行は右から左へ読み、次の行はまた折り返して左から右へ、というものである。なぜそんな方式だったかは別として、インドにもギリシアにも、エジプトにもあったそうである。とは言え、斜め書きするための文字や三次元的に高さ方向にも移動しつつ書く文字というのは、さすがに聞いたことがない。

 あるいは、どの方向へ書くかというのは、デジタル化が進んで忘れられているが、文字体系自体の発達とも深い関わりがある。例えば日本語は明らかに上から下へと文字をつなげて書くことに適しており、だから伝統的な縦書き方式を保持する理由もあるというものだが、今では誰も長い文章を手で書いたりなどしないから、そんな事情はもう切り離されてしまっていたりする。

 さらに現代では、もともと英語のアルファベット横書き仕様のコンピュータ文化がそのまま全世界に広まっているということも大いに関係して、ますます横書きが当たり前になってきていると言えるが、今後もおそらく横書きへの適応は進む一方だろう(もっとも、同じ横書きでもアラビア語のように右から左へ書く場合、これはこれでディスプレイ上での表示に困るというのもある)。

 とは言え、こうして全面的にではないにしても縦書きから横書きへという流れを経験している言語はそう多くはないのかもしれない。私が知る限り、漢字ベース以外で縦書きのあるケースはモンゴル文字で書く場合のモンゴル語だけである(この系統にはウイグル文字や、イエスが話していたとされるアラム語を書いたアラム文字もある)。これは日本語と逆に左から右へ流れるが、しかし、日本語と違って困るのは縦書き「しか」ないということらしい。こうした事情をみると、どうも縦書き文化は一方的に困ることばかりなのではないか。

 

 ところが、Cognition&Cultureにあった「Tilting titling?」を読むと、場合によっては逆に横書き言語が縦書きへの対応を求められるということもあるにはあるらしい。個人的にはこの記事を読んで初めて気づいたのだが、確かにこれはささやかな文化人類学的テーマである。要するに、いろいろな言語の本を同じ本棚に並べてみて気づくこととして、本の背表紙のタイトルを「上から下」に書く場合と「下から上」に書く場合があるのである(記事に出てくる言語はいずれもラテン文字アルファベット)。

 記事内ではwikipediaの「製本」ページ(Bookbinding)を参照しているのだが、そのまま引用すると、どうもアメリカや英連邦、スカンジナビアといった地域、あるいはオランダ語で書かれた本では「上から下」方式が普通であり、一方で大陸ヨーロッパの大部分やラテンアメリカでは慣習的に「下から上」方式となっているらしい。つまり、いわゆる「ヨコ文字」をどちらに倒すかという話である。

 これは、車が道路の右を走るか左を走るか問題と同じで、別にどっちでもいいがどちらかに決まっていないと困るからいつの間にか根付いている方にそれぞれ従い続けている、ということらしいが、とは言っても違いがあると言えばあるようである。例えば、表紙を上にして置いた場合は「上から下」の方が背表紙のタイトルが読みやすいが(「下から上」は文字が逆さになる)、逆に裏表紙を上にすると「下から上」のタイトルが正立となる。

 もっとも、だから何がいちばんいいのかと言えば、結局どれとは言えないから多様なまま続いているのが広い意味での「文化」というものだろう。記事でも一応セールスの観点に触れてみているが、結局「これがベストだ」というものがあるわけではなさそうである。しかし、こうした細かいところからも文化のおもしろさとは感じるもので、指摘されても「だから何だ」と思うかもしれないが、言われるまで気づかないことは結構多いものである。

 

 ちなみに、日本でも革で綴じた分厚い本などはタイトルが一行か数行で横書きになっているものがあるが(昔の全集や事典類のイメージ)、古くはどこでもこういうのが普通だったということらしい。つまり横書き文化圏は素直に横書きすることができたのだが、しかし最近では背に幅がない薄い本も普通になってきたので、件の縦書き問題が発生したわけである。さらに遡れば、そもそも最初の「本」たちには背にタイトルが書かれておらず、背を向こう側にして本棚にしまっていたということらしいが。

 

図説 本の歴史 (ふくろうの本/世界の文化)

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