フリー哲学者ネコナガのブログ

人間にまつわること、哲学や科学、宗教、社会の問題、生き方のことなど書いています。基本的にエッセイです。

「未来予測」というものについて

tocana.jp

 

 スイス人のパウル・アマデウス・ディーナッハという人が書いた『Chronicles from the Future: The Amazing Story of Paul Amadeus Dienach』(未来からの年代記─パウル・アマデウス・ディーナッハのすごい話)という本が一部で話題になっているらしい(2015年英訳)。私は読んでいないが、上掲記事で内容が紹介されているので、それに触れつつ、こうしたものについて少し考えてみたい。

 

 まず上の本だが、簡単に言えば著者は「自称・未来に行ってきた人」であり、そこで聞いてきた39世紀までの歴史を記したという体であるらしい。

 タイムラインを見ると、人類は2204年に二千万人が火星に入植、しかし翌年に自然災害で移住者は全滅。2309年には世界大戦、しかし24世紀末には世界政府が誕生、人口過剰・気候変動・栄養問題・環境破壊等の問題が次々と解決。3382年には脳に変化が起こって「超視覚」や「超直観」を持つ人が現れ、「偉大なスピリチュアルの光」にアクセス可能に。そして35世紀からは「黄金時代」が訪れ、私的所有の概念がなく、衣服・住居・食料・移動など全て無料の世界になる、等々ということらしい。

 印象としてはどうもある程度うけそうなスピリチュアル系の目的論であるな、という感じだが(主観である)、火星移住はありうるとしても、最後が共産主義社会というのがどうもオチみたいである(別に共産主義を馬鹿にするわけではないが)。とは言え、先述の通り私は本書を読んでいないので、内容についての批評はできないしすべきではないので、ここからはこうした類の本一般について語ることにする。

 

 さて、こうした未来予測の特徴として思いつくものを挙げてみると、まず一つは、世界大戦が起きた後には法則のようにほぼ必ず世界政府が出来上がるということである。これは、世界的に人口が少なくなって協力しないと人類が絶滅するからなのか、人口が少ないから誰かが支配統一しやすいからなのかはわからないが、ともかくストーリーとしては何かインパクトを与えつつも人類が舞台から消えてしまうのを防ぐためという意味での必然的な流れなのであろう。

 次に思うのは、どこまで具体的に描かれているかはともかく、基本的には世界大戦や世界政府のイメージが古すぎるということである。元より、見方によっては世界政府は現在すでに存在しているし(堂々と表に出ているわけではないが)、世界大戦にしても、未来でのお決まりは「核戦争」だが、核戦争であれなんであれ、人や物を物理的に破壊するような戦争の形からは人類はもうどんどん離れていっているのは明らかだろう。

 そしてここからわかるのは、おそらくこうした話を考える人にテクノロジー面での知識が足りなさすぎるということである。「未来ではお金がなくなる」というのもよくあるが、ここでの「お金」が「現金」という意味なのであれば、戦争がサイバーならカネも間もなくサイバーである。昨今の仮想通貨の流れを見れば、現金がなくなるというのは何百年も待たずともごく近い将来に普通に起こることだろう。

 あるいは、もちろんその他のあらゆる物や活動、場合によっては人体そのものすらサイバー化して行くことが容易に予想されるわけで、とにかく何百年も未来を語るなら最低でもサイバー空間の方がデフォルトであるような語り方でないと現実味が全然ないと思うのだが、こうした未来予測ストーリーは依然として物理世界のことばかり語っているというのもある。単に歴史記述のセンスがないだけかもしれないが。

 

 さて、ともかく未来予測を読む上で重要なことは、いったい誰がどんな意図でそのような話を流しているか、ということを常に考えることだろう。つまり、当たるとか当たらないとかではなく、信憑性があるとかないとかではなく、それを聞いた人がどのような影響を受けるかということである。人間は、よほど訓練を積んだ人でもない限りは、一度聞いたことには無意識に影響を受け続けるから、そのあたりをわかった上で楽しむ必要があるということだ(単に「信じない」と言って何も考えない人が実はいちばん無防備である)。

 

 あるいは、もう一つこの機会につっこんでおくと、「未来学」なるものがあるが、これは俗称であるということにも意識的であるべきだろう。というのも、もし「未来学」の「学」が「科学」の意味なのであれば、これは名前からして矛盾しているからである。「未来」というのは定義上「まだ起きていないこと」であるが、科学の役割は「起きていること」を説明することである。したがって、「科学的な知識に基づいて」未来を予測することは可能でも、予測そのものは科学的ではありえないということだ。

 

未来人ジョン・タイターの大予言―2036年からのタイムトラベラー (MAXムック)

未来人ジョン・タイターの大予言―2036年からのタイムトラベラー (MAXムック)

 

 ちなみに、個人的に印象に残っている「未来を語る系」は2000年にインターネット上に現れたジョン・タイターである。2036年から来たという体でパラレルワールドやタイムマシンのことなど語っていたが、全体的に話に整合性が取れていて、いろいろと刺激を受けて考えるのがおもしろかった。今読むとどうだかわからないが。


© 2015 ネコナガ (id:nekonaga)
Amazon.co.jpアソシエイト