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フリー哲学者ネコナガのブログ

人間にまつわること、哲学や科学、宗教、社会の問題、生き方のことなど書いています。基本的にエッセイです。

脂肪と言えば…─イヌイットがデニソワ人から受け継いだ遺伝子

科学のニュースから

 Cold Tolerance Among Inuit May Come From Extinct Human Relatives - The New York Times

 http://www.nytimes.com/2016/12/23/science/inuit-greenland-denisovans.html?smid=tw-nytimesscience&smtyp=cur&_r=1

 

 「Molecular Biology and Evolution」に掲載された論文によると、グリーンランドのイヌイットが、寒さへの耐性にかかわる遺伝子を持っていることがわかったらしい。もともと一年の大半が氷点下という環境で暮らすイヌイットは特殊な適応を果たしているのではないかと言われていたが、今回それが実証された形だ。そしておもしろいのは、その遺伝子はおそらく「デニソワ人」から受け継いだものだということだ。

 デニソワ人とは2010年に報告されたばかりの、われわれホモ・サピエンスの近縁種(同じヒト属)である。まだまだ謎だらけとは言え人類史を探る上でも見逃せない存在だが、もともとデニソワ人の方が寒い地域で先に暮らしていたので、後から入ったサピエンスが寒さに適応的な遺伝子を受け継いだということらしい(デニソワ人の方はもちろん絶滅している)。おかげでイヌイットは氷河期でも生き延びたということだ。

 今では、少なくともある時期ある地域では、ホモ・サピエンスが近縁種(ネアンデルタール人やデニソワ人や、おそらく他にもいる)と重なり合って生息していて、時には相互に交わってもいたことが知られるようになってきたが(「印象に残っている新人」も参照)、こうして他種からも遺伝子を受け継ぎながら生存してきたことを考えると、サピエンスはかなり柔軟に環境に適応しつつ移動していたことがわかるだろう。

 

 さて、今回の研究ではグリーンランドのイヌイット200人とそれ以外の世界中の人々(現代人と呼ぶことにする)、さらにデニソワ人、ネアンデルタール人とでDNAを比較したということだが、ゲノムの中から関連すると思しき箇所を比較したところ、イヌイットと現代人、イヌイットとネアンデルタール人では該当箇所の一致は部分的だったのに対して、イヌイットとデニソワ人ではほぼ完全に一致したということだ。

 具体的には「褐色脂肪」のレベルを上げる役割を持つと考えられる遺伝子がある領域だが、褐色脂肪とは身体を動かすことなく熱を生成するタイプの脂肪で、もともと新生児や冬眠する動物などでは、あまり動かなくてもいいようにこの褐色脂肪の生成量が多いことが知られている。しかし、イヌイットは平常時が「極寒」であるために、この機能が普段から有利にはたらくということだ。

 脂肪と言えば、イヌイットの間では主食であるクジラやアザラシ、魚などに共通して含まれる「不飽和脂肪酸」の燃焼を促進する遺伝子の存在もこれまでの研究で明らかとなっていたが、今回はそれとはまた別のDNA領域を調べた結果、こうした新発見につながったらしい。さらに今回の場合は、少なくとも調べた200人の中では「もれなく全員に」見つかったということだから、それほど必要なものだったわけである。

 

 ところで、脂肪と言えば、と謎の進行で続けると、いわゆる縄文人と弥生人の区別に使われるように、日本人には一重まぶたと二重まぶたの人が混在しているが(こうして混在しているのはアジアの一部だけである)、これも寒さと脂肪に関係がある。簡単にいえば、もともとは二重まぶたがオリジナルなのだが、寒い地域では目を保護するためにまぶたの脂肪が厚くなったので、副次的にまぶたが一重になったということらしい。

 つまり日本には寒い地域を通ってきた人とそうでない人が混在しているわけだが(もちろん人ひとりの人生の間には自然選択では進化しないから、長い時間をかけて移動するうちにということだが)、そもそも人類は日本で誕生したわけではないから、みんなどこかからやってきたわけで、そう思えば自明視しがちな「日本に住んでいる人」という括り方にはほとんど意味がないのではないかという気になってくるだろう。

 さらに脂肪と言えば、では寒くない太平洋の島々の人が太っているイメージなのはなぜかという疑問もよくあるが、これは脂肪と気候に関係がある。簡単にいえば、「島」というのは本来的に気候が安定しないところだから、例えば作物の豊作・不作の差が激しく、飢餓に陥りやすい。だから少量の食糧でも生き延びられるように、脂肪を蓄積しやすい遺伝子を持っているのである(脂肪とは、体に蓄える食糧だからである)。

 ところが、こうした島々でもアメリカナイゼーションが進んで、今やコーラとジャンクフードの時代に突入してしまったというのが事の始まりである。これによって少しの食糧でも脂肪を蓄える「倹約遺伝子」の意味が変わってしまい、つまり普通に食べていると過剰に脂肪を蓄えるということになってしまった。皮肉なことに、長い間祖先を救った「倹約遺伝子」は、別の悩みをもたらす「肥満遺伝子」となってしまったのだ。

 

 さて、こうしてみるとよく知られている「人類は遺伝的には非常に均質である」ということも、ある意味では事実かもしれないが、一方で反対サイドから考えてみると「違うのではないか」という気もしてくるだろう。詳しくはベルトラン・ジョルダン『人種は存在しない -人種問題と遺伝学』など読んでいただきたいが、一応、地球上の全人口からランダムに二人を選べば、DNAの一致率は平均して99.9%と言われている。

 そして、この数字はゴリラやチンパンジーでは99.6%であるために(とは言え個体数に隔たりはあるが)、人類の遺伝的多様性はそんなにないとも言えるわけである。もっとも、遺伝のメカニズムやDNAと遺伝子の関係、RNA、エピジェネティック変異等々、依然としてこの分野ではわからないことがわかるよりもわからないことが増え続けている状況だから、やはりまだ誰にもわからないとしか言いようがないのであろう。

 

人種は存在しない  -人種問題と遺伝学

人種は存在しない -人種問題と遺伝学

 

 科学的には「人種」というものを決して見出せないことを述べている本だが、副題の通り「人種問題と遺伝学」への入門書として読めば、この分野での素朴な疑問はほとんど氷解するのではないかと思う。ラディカルなところもなくはないが、基本的な事実がコンパクトにまとめられており、リテラシーをつけるために格好の一冊。著者はフランスの分子生物学者で、活動範囲の広い人だが、一般向け啓蒙書にも定評がある。

 

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