フリー哲学者ネコナガのブログ

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脳は30歳までは大人ではない─あるいは「最近の若者は」問題の謎

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 科学者が脳の研究を始めたころは、できるのは専ら死んだ人の解剖であった。それで構造はわかるが、どこがどうはたらいているのかはわからない。そこでは、死んでいる人の脳と生きている人の脳を区別して論じることができなかった。

 前世紀では、PETやMRI、fMRIが出てきて、ようやく生きている人の脳内を覗き見られるようになった。それにより、中で起きていることも推測できるようになった。ここで、死んでいる人と生きている人が区別されるようになった。

 もっとも、同じ「生きている」からと言って全員の脳が同じはずはない。科学者は細部の区別に踏み込むようになった。どの脳とどの脳で、何がどのように違うのか。物理レベルでの脳の研究は、ようやく始まったといったところだろう。

 

 さて、上の記事は「あなたは大人かもしれないが、あなたの脳は大人じゃないかも」というものだが、年齢別、つまり「発達段階」によって脳の見た目やはたらきがどう違うかというのは、脳科学では近年ようやく研究が進み始めたテーマの一つである。

 とりあえず、上の記事の内容を簡単に見てみよう。

 

  • 神経科学的には、脳が「発達しきった」と言える明白な基準はない
  • それでも、少なくとも脳は社会的に大人とされる18歳を超えても成長し続けている
  • 一口に脳と言っても部位によって成長スピードはかなり違う
  • 脳のサイズ自体は根本的には変わらないため、問題は灰白質と白質の増減である

 

 ここで、脳が「発達しきった」と言えないのは脳が生涯変わり続けているからである。あるいは18歳というのはアメリカの大部分での基準なので、日本で言えば20歳である。しかし、たいていの国や地域で20歳前後であるので、ここではあまり関係がない。

 

 最初に「灰白質」「白質」から見てみると、これは脳の組織で、輪切りにした画像で見るとそれぞれ灰色と白っぽく見える部分である。内実は、大まかに灰白質の方は神経細胞の細胞体の集積であり、白質の方は神経線維の集積である。わかりやすく言えば、ある種の「本体」が集まっているのが灰白質であり、「配線」部分が白質である。

 記事によれば、13歳あたりを境に灰白質が1%減って白質が1%増えるということが起こり始める。そもそもは、生後最初の十年で灰白質が急速に増大して、外部の環境と接する中で増え続けるが、思春期の準備を始める段階で、灰白質を刈り込んで白質の方を増やす、つまり脳内での情報処理を効率化する方に傾いていくということである。

 ともかく脳は20歳よりもかなり前に相対的に言えば最大の変化を経験しているわけだが、では20歳を超えたらもはや完成しているのかというと、少なくとも30代前半までは相変わらず変化は続いているということだ。実際、いろいろな科学者の言をみていると、少なくとも30歳までは脳は大人ではないと思っておくのが妥当であろう。

 もちろん、さらに「部位によって発達の程度が異なる」ことを考え合わせれば、いつから大人かという問題に神経科学的な答えを出すのは難しい。元の論文(Searching for Signatures of Brain Maturity: What Are We Searching For?)では、とりあえず全ての項目がそれぞれ「大人」とみなせる段階となるのはいつかと問うているが、やはり30代か、もしくは永遠にないと言うしかないようである。

 

 もっとも、とにかく重要なのは、われわれが言う社会的な「大人」と、生物学的な「大人」の基準にものすごいギャップがある、というのがこうした最近の科学的な発見からわかってきているという事実を認識することだろう。

 これがなぜ重要かと言えば、もちろん法的・社会的な問題にもかかわってくるからだが、わかりやすい例で言えば、同じ犯罪行為に及んだ場合でも大人と子どもでどう扱いを変えるのかなどは常に議論のある問題である。とにかく脳が違うというのはハードウェアが違うということだから、できることとできないことがある、という事実をいろいろな面で意識しておかねばならない。

 あるいは、日本では18歳、19歳に選挙権を与えてしまったが、これなどはつまり思い切り逆行しているわけである(もちろん、政権政党からしたら年齢を下げるほど教育による刷り込みとメディアコントロールによる操縦がしやすくなるわけだから、推進するわけだが)。今後ますます寿命が伸びて行くであろうことも考えれば、選挙権にしても、酒、タバコ、ギャンブル、運転免許、結婚できる年齢等々、むしろ全て引き上げるくらいでちょうどよいのではなかろうか。

 

 最後に、タイトルに書いたように「最近の若者は」というのが世代が変わってもくり返されるのはなぜかという問題についても、このあたりにヒントがあるのではなかろうかということを書いておきたい。要するに、脳の違いによって生じている様々なギャップを、文化の違いだと勘違いしているということだ。問題は、その都度いろいろに現れる現象の方ではなく、普遍的に存在する構造の方にあるかもしれないのである。

 これは「部位によって発達の度合いが異なる」ということの意味をよく表していると思うのだが、たとえば十代の脳がいかに「大人ではないか」について紹介しているフランシス・ジェンセン/エイミー・エリス・ナット『10代の脳 反抗期と思春期の子どもにどう対処するか』などは自分の子どもであろうがなかろうが十代の若者とかかわる機会が多い人は是非読んでおいてあげていただきたいのだが、誤解を恐れず言えば、十代の若者は「違う生物である」と思っているくらいでちょうどいいのかもしれないのだ。

 同書では「十代」にかかわる問題が網羅的に扱われていて、いずれも示唆に富んでいるが、たとえば十代の脳では「前頭前野」と他の部位との接続が特に弱いということが今ではわかっているということらしい。前頭前野とは、抽象的な推論とか高次認知機能とか、要するに人間の知能の中でも最も高度なはたらきをつかさどっている部位だが、これが未発達だと、簡単にいえば様々な意味で自分をコントロールできないということになる。

 実際、前頭前野が弱いとなると頼りになるのは大脳辺縁系だが、ここが優位になっている状態は「情動優位」ということだから、いわゆる「感情的になる」のは当然と言えば当然なのだ。あるいは辺縁系の中でも「扁桃体」も未成熟となると、これもまた衝動的になることを後押しする。扁桃体というのは、特定の情動を強めたり弱めたりできることが知られているが、それが弱いということは抑制が効かないということである。こうしたすべてが合わさって、十代はすぐ「キレる」ということになる。

 いずれにしても、脳を見てみると年齢間のギャップというのは相当に大きかったということである。あるいはその意味で、実は十代というのは見た目(身体)と中身(脳/心)のギャップが最も大きい時期とも言えるわけだから、特に認識を改めねばならないところだろう。もちろん、こうした知識がもっと多くの人に広まって、いつか「最近の若者は」という言葉を聞かなくなる日が来るのもありえないことではないから、社会を考えるという意味では、こうした研究を受けて考えるべきことは山ほどあるのである。

 

10代の脳 反抗期と思春期の子どもにどう対処するか

10代の脳 反抗期と思春期の子どもにどう対処するか

  • 作者: フランシスジェンセン,エイミー・エリスナット,渡辺久子,Frances E. Jensen,Amy Ellis Nutt,野中香方子
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2015/12/10
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