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フリー哲学者ネコナガのブログ

人間にまつわること、哲学や科学、宗教、社会の問題、生き方のことなど書いています。基本的にエッセイです。

サイバー空間でも自分の身は自分で守ろうという話─あるいは「ホワイトハッカー」とは何か

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 パソコンや携帯電話といった形でコンピュータが一般に普及して、あるいはネットにあらゆる個人情報が乗り始めてからもうかなりの時間が経ったのではないかという感じだが、当初から言われている基本中の基本を未だに守っていない人があまりにも多いことに驚かざるをえない。誕生日をパスワードにするなとか言うともういつの時代だという話だが、それでも記事によれば、推測されやすいパスワード設定者は減少傾向にありながら、今年度の意識調査でも回答者の半数ほどが安易なパスワードを使っているらしい。

 パスワードといえば、一口に「推測されやすい」とは言っても、誕生日のようにSNS等で公開しているから漏れているというのは最も初歩的な、もはやどうしようもない誤りという感じだが、ドアのピッキングのように人力で解くのと違って、コンピュータを走らせて存在するありとあらゆる単語の組み合わせを試せる今では、基本的に人間にとって意味のある(つまり覚えやすい)文字列は絶対に使ってはいけないというのは常識だろう。だからなるべくランダムな文字列を作れ、ということになる。

 あるいはパスワードのように「重要なものだ」と曲がりなりにも認識していればいいが、例えば今でも使っていない時までパソコンはインターネットにつなぎっぱなし、電源入れっぱしの無防備きわまりない人がいるということにも驚くべきだろう。これでは家にカギをかけないどころか、不在時にもドアも窓も開けっ放しにしているようなものだ。何も被害を受けない場合もあるかもしれないが、確率の問題だから、長い時間が経てば被害を受けない方がおかしいということになる。というか、被害を受けたことに気付かない場合も多い。

 もちろん、そもそもそんなことがやられていること自体を知らない人もいるわけだが、今やアンチウイルスソフトを入れることでむしろ危険度が増す時代だから、やはりサイバー空間でも知識をつけて「自分の身は自分で守る」のが大原則であることに変わりはないだろう(そうでなければ、使わなければいいのだ)。たかが自分のパソコンでも、自分のファイルが盗まれるとかそういう話ではなく、踏み台にされたらある日突然犯罪者になっていたりするのである。第三者が自分のパソコンを遠隔操作して犯罪に使ったら、やったのが自分ではないことを証明するのは簡単ではない。

 

 さてセキュリティと言えば、先ごろ総務省がサイバーセキュリティの専門家を育てるための通信教育の開始を検討しているというニュースが出ていた(ホワイトハッカーを育成 総務省「ネット通信教育」検討 - SankeiBiz(サンケイビズ))。25歳以下を対象として、面接等で選抜後に受講できるということだ。その取り組みの規模の妥当性については私には判断しかねるが、とは言え必要性を考えれば、普通に考えて毎年数十人では少なすぎるのではなかろうか。

 もちろん、とにかく日本がサイバー空間において他国から思い切り遅れをとっていることは本を読んでいるだけでも明らかなので(サイバー事情について一冊だけ読むならポール・ローゼンツヴァイク『サイバー世界大戦~すべてのコンピューターは攻撃兵器である』がマスト)、こうした制度もあるに越したことはないのだろうが、先にみた一般人のリテラシーにしても、専門家の少なさにしても、やはり多くの人が自分の問題として捉える意識が低すぎるというのが最大の問題としてあるのだろう。

 そもそも、上の記事にもある「ホワイトハッカー」という言葉が私はどうしても気になるのであるが(後述)、日本で一般的に使われる「ハッカー」という言葉には「悪事を働く者」という語感がついてまわっているためにわざわざこういう言葉が出てきたということだろうが、「ホワイトハッカーを増やす」ということで言えば、ハッキングのおもしろさや素晴らしさ、重要性があまり広まっていないというのがむしろ問題の根源としてあるとも言えるのではなかろうか。

 実際、次世代を育てるという意味ではこうした「イメージづくり」も必要ではあるが、ともかく国民全員の知識を底上げしていくということが最終的には常に必要だろう。それは個人が自分の身を守るためでもあるし、国家レベルでも民主主義という意味では、多くの人からの理解がないとどれほど重要でも予算がつかないからである。小学生の時からプログラミングをやるとかも悪いことではないが、実技はやりたい人だけやって、でも基礎的な知識は小学校や中学校から全員に教えるとかしないと、今以上に乖離が進むのは間違いないだろう。

 

 さて「ホワイトハッカー」という言葉について見てみると、英語版ウィキペディア(ただしwhite hackerではなくwhite hat)を見ると「倫理性を備えたハッカーもしくはコンピューターセキュリティの専門家」とあって、これならわかるのだが、日本語で「ホワイトハッカー」と言うと「善いことだけをするハッカー」とか「正義のハッカー」とか言われていて、なんだそれはという感じなのである。どうも、ヒーローがいれば大丈夫、みたいな安易な発想が透けて見える気もする。確かに専門家は必要だが、事はそう簡単ではないというのがサイバーセキュリティの世界だろう。

 そもそも、知っている人には今さら言うまでもないが、元々は「ハッカー」とは「コンピュータにとても詳しい人」というくらいの意味である。もちろんニュアンスは時代とともに変わっているし、イメージとしては生き方なども絡んでくるので、時代を横断するような厳密な定義はできないだろう。とは言え、ハッカーであるからにはハックできないと意味がないので、基本的にはやはり知識と技術がどれほどあるかという話である。あるいはありとあらゆるものがサイバー空間に移行している今では、社会の動きを決める人たちでもあるのだが。

 では「ハック」とは何かだが、ハワード・ラインゴールド『新 思考のための道具 知性を拡張するためのテクノロジー ― その歴史と未来』によれば、そもそもは60年代にMITに集められた天才プログラマーたちが自分たちを「ハッカー」と呼び始めた最初で、そこでの「ハック」とは「コンピュータを作った人にも想像がつかないようなコンピュータの使い方をすること」とか「コンピュータにやらせる新しい何かを考え出すこと」であった。つまり、非常にクリエイティブな語感だ。

 実際、ハッカーという言葉に先入観を持っていない人は「創造力を発揮する最新の方法が使える人」と思っているかもしれないし、創造性ということなら、「画家」と対比させたりしているポール・グレアム『ハッカーと画家 コンピュータ時代の創造者たち』という有名な本もある。とにかく、普通の人では考えつかないやり方でやってしまう人、誰も考えつかないことを創造的に考えつく人というのが「ハッカー」の少なくとも一つの意味である。その意味ではコンピュータに関連することである必要はない。

 では「ハッカー」がもっぱら「クラッカー」、つまりシステムに不正に侵入してウイルスを置いてきたり破壊行為を行ったりする人(日本で一般的な語感での「ハッカー」)という意味で使われるようになったのはなぜかと言えば、これは単に「ハッカー」が当初は俗語で、厳密な意味が定まっていないままにいろいろと使われ続けるうち、語感としても用法としてもいくつかのものが並行して存在するようになってしまったということらしい。

 そもそも、現代のようにありとあらゆる場所にコンピュータがあり、それどころか主要インフラや証券取引所までコンピュータ制御されている(だからそれを乗っ取るのが現代の戦争のやり方である)のと違って、当初のコンピュータは数がそんなにないし、ほとんどネットワークでつながってもいない。つまり被害を受ける側がいないとクラッキングは成立しないわけだが、したがってクラッカーの登場は80年代、パソコンが普及し始めてからのことで、最初のクラッカーはもっぱら十代の若者であった。

 もっとも、創成期の天才たちは「クラッキング」と無縁だったかというと、実はやっていたどころか、それは仕事の一環であった。要は、狭い範囲の仲間同士でお互いにファイルを破壊したり、システムをダウンさせていたのである。これは「いたずら」ではあるのだが、同時に攻撃された側はセキュリティホールに気付けるという実践的な意味があった。最先端の天才同士で戦っていたわけだが、要するに実は最初のハッカーがむしろホワイトハッカーなのである。そして、こうした歴史を知らない世代が技術だけを真似して、しかもやってはいけない範囲にまで広げたのが80年代だったのだ。

 ということで、一般的な用法に従えば、「ハッカー」の歴史は最初に「ホワイトハッカー」がいて、次に「ハッカー」が出てきて、それに対抗して「ホワイトハッカー」が出てくるという、よくわからないことになってしまう。だからやっぱり「ハッカー」は「とりわけ詳しい人」で、ホワイトとかブラックとか言わなくてもいいと思うのだが、あるいは英語の「white hat」「black hat」がもともと西部劇で白いハットをかぶる主人公と黒いハットをかぶる悪役、というところからきているから、そういう古くさい善悪イメージが「ハッカー」という新しい言葉にどうも合っていないんではないか、というのもある。

 

サイバー世界大戦~すべてのコンピューターは攻撃兵器である

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新 思考のための道具 知性を拡張するためのテクノロジー ― その歴史と未来

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ハッカーと画家 コンピュータ時代の創造者たち

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