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フリー哲学者ネコナガのブログ

人間にまつわること、哲学や科学、宗教、社会の問題、生き方のことなど書いています。基本的にエッセイです。

尻は顔なり─チンパンジーは尻認知細胞を持つか

www.sciencenews.org

journals.plos.org

 

 先日の記事(動物の情動や表情と情動の関係など~「情動」とは何か)で情動と表情の関係、あるいは他の動物におけるそうした関係を探れる可能性などについて書いたが、ちょっと関連する話がニュースに出ていたので紹介しておきたい。一言でいえば、人間が同種間でのコミュニケーションにおいて「顔」をとりわけ重視しているのと同じように、チンパンジーは「尻」を重視しているという話である。

 

 そもそも、先日の記事は「情動」ということだったので「表情」についてだけ触れたが、われわれが「顔」において発信している情報というのは、挙げ始めるとかなりあることがわかる。たとえば、写真のように静的な場合であってすら、顔を見れば年齢や性別といった基本的な情報に関してはかなりの確度で受け取ることができるし、あるいは「顔色が悪い」と言うように、健康状態まで表示していたりする。

 こうしてわれわれは、同種間でのコミュニケーションを身体のパーツという意味では大部分を「顔」で行っているのであるが、一方でチンパンジーにおいてわれわれの「顔」にあたるものは「尻」だとされている。個体認識すら尻を見ることで行っているらしいのだ。あるいはたとえばメスのチンパンジーは排卵期前後に肛門部が膨張するが、それを見てオスは今が交尾すべき時か否かを判断したりしている。

 ちなみに、チンパンジーでは栄養状態がよいサインとして尻に脂肪を蓄えているメスの方が好まれるというのもあるが、人間においてはこれは胸に取って代わられたのではないかと言われている。あるいは唇がだんだん厚く濃くなったのも対応関係にあるなどいくつか説があるが、ともかく進化の歴史に照らせば、チンパンジーが尻優位というよりも、人間が顔優位だということの方に驚くべきかもしれないのである。

 いずれにしても、いろいろと事実を整理してストーリーを組み立てれば、人間がだんだん顔コミュニケーションに移行してきたのは間違いない。これは二足歩行を始めて尻が視野に入りづらくなってしまったことがおそらくは最大の理由なのだが、幸い顔と尻には毛がないとか、対称性があるとかいった共通点があり、身体のパーツの中では情報を表示するディスプレイとして最適だということで、うまくやってきたものである。

 

 さて、そんな顔文化の人間だが、おもしろいのは、人間の脳には顔認知に特化した細胞があるということである。俗に言う「顔細胞(顔ニューロン)」だが(とは言え顔だけにしか反応しないわけではないのでこの名称を嫌う人もいるが)、この細胞群は非常に選択的に顔の認知に特化しているらしく、顔を認知した場合に顕著に強く反応する。最初はサルで見つかったが、今では多くの哺乳類が持っているとわかっているらしい。

 もっとも、おもしろいのはここからで、人間の顔にも、サルの顔にも、あるいは点と線で描いた顔にすら強く反応するこうした細胞群があるにもかかわらず、人間の顔であってすら、上下を反転させると途端に認知が遅れるということが一方で知られている。つまり、どうも正立した顔しか「顔」とみなしていないようなのだ(とは言え、顔が逆さについている人など自然界にはいないのだから当然かもしれないが)。

 この現象は「倒立効果(inversion effect)」と呼ばれているが、正立していないと顔認知が困難となるさらなる裏付けとして「サッチャー錯視」というのもある。これは、目と口だけを倒立させるとグロテスクだと感じる顔ができあがるが、その画像をそのまま倒立させると(目と口だけが正立で他は倒立になると)グロテスクだとは感じなくなるというものである。つまり、もともと顔だと思っていないということだ。

 

 最後にようやく本題だが、この「顔における倒立効果」が、チンパンジーでは「尻」で起こっている、というのが今回のニュースで出ていることである(元の論文もネットで読めたので上に貼っておいた)。つまり、尻認知における倒立効果であるが、チンパンジーは幸い自分で画面をタップしてくれるので(ニュース記事に動画が出ている)、人間とチンパンジーの両方で同じタスクを試した結果ということらしい。

 簡単にみておくと、それぞれ人間とチンパンジーの顔、尻、脚の画像を用意して、直前に見せられたのと同じ画像を二つのうちから選ぶというのを繰り返す。ただし、画像は正立している場合と倒立している場合がある。その結果、人間は倒立尻よりも倒立顔の認知が、逆にチンパンジーは倒立顔よりも倒立尻の認知が苦手であった。ここから、チンパンジーは尻について倒立効果が生じていると考えられるということだ。

 一応、人間の顔認知とチンパンジーの尻認知のメカニズムの関連性についてはまだ不明ということだから、「尻細胞」が発見されたというわけではないのだが(尻の細胞ならお安い御用だが)、そのうち見つかってもおかしくはないだろう。ともかく倒立効果のような興味深い現象において類似が見つかったとなると、やはり「他の動物についてはどうなんだ」と興味が膨らむところである。

 もっとも、単純な比較は問屋が卸さないらしく、実は実験はカラーの場合と白黒の場合と両方で行われていて、白黒の場合にはチンパンジーには倒立効果は生じていないということもわかってしまったようだから、一口に認知と言っても細かく区別していくと話はそう簡単ではないのである。あるいは同じ哺乳類と言ってもクジラやコウモリはいつ実験に参加してくれるんだなどと思い始めれば、まだまだ先が長い話ではある。

 

アニア AS-14 チンパンジー

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