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フリー哲学者ネコナガのブログ

人間にまつわること、哲学や科学、宗教、社会の問題、生き方のことなど書いています。基本的にエッセイです。

『量子物理学の発見─ヒッグス粒子の先までの物語』レオン・レーダーマン/クリストファー・ヒル

書評と本の紹介

 レオン・レーダーマン/クリストファー・ヒル『量子物理学の発見 ヒッグス粒子の先までの物語』を読む。

 両著者ともに一般向け科学啓蒙書を著している物理学者で(レーダーマンは実験物理学者、ヒルは理論物理学者)、このコンビは『詩人のための量子力学―レーダーマンが語る不確定性原理から弦理論まで』や『対称性―レーダーマンが語る量子から宇宙まで』でもおなじみだ。ノーベル賞受賞者ということもあってたいていレーダーマンの名前が先行するが、ともかくこの二人の本なら楽しみながら学べることは保証されている。

 ちなみにマスメディアでヒッグス粒子が「神の粒子」と呼ばれるようになったのもレーダーマンの著作のタイトル『The God Particle』がきっかけだが(邦訳は『神がつくった究極の素粒子』)、本書の原題は『Beyond the God Particle』である。だから「ヒッグス粒子の先までの」となっているが、実はこのタイトルについては、研究所の一般公開の来訪者にキリスト教根本主義者が妙に増えたこと、つまり「神の粒子」という表現についての誤解が広まったこと(に嫌気がさしたこと)とも符合するらしい。

 

 さて、どんな分野であっても、門外漢にも無視できない「事件」というものがある。物理学なら最近は「重力波」の方かもしれないが、とは言え2012年のヒッグス粒子発見はまだまだ記憶に新しいだろう。理論的には半世紀ほど前から存在が「予言」されていたが、何度かの「兆し」を経て、ついに「発見」されたことは各国で一大ニュースとなった(ちなみに物理学では99.7%確実で初めて「証拠が見つかった」と言ってよく、99.99994%でようやく「発見」となる)。

 そんなヒッグス粒子の発見までの歴史と「これから」について描かれているのが本書だが、数式を使うことなく、「わかったようでわからない」を超えて「わかった」を与えてくれる点で多くの人におすすめしたい一冊である。あるいは冒頭で「加速器の時代」とも言うべき現代の実験物理学における現場事情(政治的な面も含めて)についても語られているが、基礎研究の重要性を説くことは、日本でももっと行われてよいのではなかろうか(言いかえれば、どうせ科学は必要であり、それには税金が必要なのだから、みんな科学に興味を持つべきなのだ)。

 

 大半を占める理論的な解説の部分では、原子の発見、原子核の発見まで遡って話は始まるが、大まかに言って前半で基本的な知識の解説を交えつつ「量子物理学とは何か」が描き出されており、読み進めるうちに「質量の起源」という問いに直面、さらにその問いの意味を知り、μ粒子の不思議な性質を学んだところで、一挙にヒッグス粒子のイメージが腑に落ちるような運びとなっている。全体的に駆け足ではあるが、逆に言えば無駄な解説がないので、話のつながりとそのおもしろさを存分に感じられるだろう。

 個人的に印象深かったのは、「質量」の本質についての表現である。一般に「質量」と言えば最もイメージされやすいのはある物体の「重さ」であるが、これは月に行けば1/6になることからもわかるように正確ではない(重さは「力」であり、力は「質量」ではない)。ではある物体の「動かしづらさ」と説明されるような「慣性質量」はどうかと言えば、これもニュートン力学の話であり、現代物理学が扱う範囲では成り立たない。実際、例えば核分裂では質量がエネルギーに変換されているが、質量保存の法則が成り立たないこのような現象は、特殊相対性理論を使うことなしには説明できない。

 それなら、質量とエネルギーが原理的には互いに変換可能であることをもって質量とはエネルギーかと言えば、アインシュタインはそこまでは言っておらず、あくまでも質量とエネルギーは別のものである。ここでようやく著者の言だが、結局のところ、「実は質量とは、ある物理現象のことなのである」(p.131)。まさに「量子」物理学なのであるが、この表現は(この後でヒッグス粒子に進むにあたって)見事な誘導だろう。要するに、「現象」であるからにはそれを生み出す「原因」がある。「質量」は、それ自身としてただ存在するのではなく、もっと根本的なメカニズムによって存在するのである。

 

 続きは実際にお読みいただきたいが、ヒッグス場の登場に到るまでがとりあえず本書の「山」である。その後はこれまた有名な「ニュートリノ」にも一章が割かれており、その質量の謎にも触れられていたりするが、終盤では著者のフェルミ研究所の今後の研究計画などにも触れつつ、最後は文字通り「Beyond The God Particle」ということで、「ヒッグス粒子自身はどうやって質量を獲得するのか」という、今後の量子物理学における核心的な問いが紹介されて終わっている。つまるところ、ヒッグス粒子の発見は終わりではなく始まりであり、エキサイティングなのはこれからなのだ。

 全体として、話の趣旨は明白ながらところどころ話が飛ぶように見えるので、一冊の本としてのまとまりという意味では少々不満がある人もいるかもしれないが(途中で急にニジマスを釣りに行くのはいいとして)、裏を返せば、理論と実験、科学と社会の関係等々、様々な境界を行き来しつつ語られているので、最先端の量子物理学の世界を多角的に垣間見ることができると言えるだろう。そして何より本というのは、読み終えておもしろければ、誰も文句など言えないのである。

 

量子物理学の発見 ヒッグス粒子の先までの物語

量子物理学の発見 ヒッグス粒子の先までの物語

  • 作者: レオンレーダーマン,クリストファーヒル,Leon M. Lederman,Christopher T. Hill,青木薫
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2016/09/23
  • メディア: 単行本
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量子物理学の発見 ヒッグス粒子の先までの物語 (文春e-book)

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