読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

フリー哲学者ネコナガのブログ

人間にまつわること、哲学や科学、宗教、社会の問題、生き方のことなど書いています。基本的にエッセイです。

岸由二・柳瀬博一『「奇跡の自然」の守りかた』─「自然保護」とは何か

書評と本の紹介
「奇跡の自然」の守りかた: 三浦半島・小網代の谷から (ちくまプリマー新書)

「奇跡の自然」の守りかた: 三浦半島・小網代の谷から (ちくまプリマー新書)

 

 ドーキンス『利己的な遺伝子』やE.O.ウィルソン『人間の本性について』の訳者としても知られている岸由二氏による、自然保護に関する啓発書。東京・品川駅から一時間半ほどの「小網代の森」が主題だが、その特異性をあくまでも客観的に解説しつつ、当地の保存が現在までのところ「いかに可能となっているか」を丁寧に述べている。

 実際には著者は二人いるが、柳瀬氏は序文のような形で小網代の環境の特性を解説しており、大部分は岸氏が保全活動の歴史を語っている。ともに活動の当事者だが、岸氏は「人生をかけて専念した自然保護活動に絶望して活動の現場を退き、しばし学術研究だけに没頭していたころ」に小網代と出会い、再び現場を選んだということである。

 本書によれば、小網代の森がユニークなのは、一つの「流域」がまるごと保全されているからである。「流域」とは雨水の集まり(水の流れ)に注目して土地を区切る生態系単位だが、要するに小網代では、山のてっぺんから海までつながる水の流れが、最初から最後まで分断されていない。こうした領域は、関東では他には残っていないのだ。

 なぜ流域に注目するかというと、まさにこの「山から海までの一帯」をひとまとまりとみる視点、自然を一つの「全体」としてみる視点がなければ、保存はできないからである。たとえば、一昔前まで全国で見られたアカテガニは、繁殖のためには山と海を行き来する必要があるから、あいだに舗装道路が通るだけでもういなくなってしまう。

 もっとも、本書の最大の主張はおそらく、ここで言う「保全」の意味をしっかり理解してほしいということである。まず、自然は決して放っておけばよいというわけではなく、かならず人間による「手入れ」が必要となる。次に、その上でこうした自然の全体性まで考慮すると、実際に保存するには、要するにものすごく頭を使うのである。

 実際、周囲が次々と開発されていく中で小網代だけが残ったというのも、岸氏らがその地の歴史を理解して、社会との兼ね合いも考えた上でそのつど適切な「手入れ」を行ってきたからである。同じ場所で「自然」と言っても、10年前と50年前では風景は一変するし、人々からの要請も異なる。要は、保全活動にも常に文脈があるのである。

 あるいは、貴重な種がいるから守れと主張したり、開発を試みる企業や自治体を悪者にしてデモをやったりということを「いっさい行わない」という姿勢も、自然保護をピュアに考えている人にとっては目からウロコだろう。「自然を守る」などというとどうしても感情が先行しがちだが、思いを形にするには、知識と論理が必要なのである。

「奇跡の自然」の守りかた: 三浦半島・小網代の谷から (ちくまプリマー新書)

「奇跡の自然」の守りかた: 三浦半島・小網代の谷から (ちくまプリマー新書)

 
「奇跡の自然」の守りかた ──三浦半島・小網代の谷から (ちくまプリマー新書)

「奇跡の自然」の守りかた ──三浦半島・小網代の谷から (ちくまプリマー新書)

 

 ちくまプリマー新書は若年層向けレーベルだが、中学生や高校生向けに噛み砕いた本が多いのに対して、本書は内容のレベルが若者向けというより、伝えたい相手が若者、という感じである。ちなみに巻末にはガイドブック的な情報もあり、これを携えて実際に散策に行くことがすすめられている(小網代の森は無料開放されている)。


© 2015 ネコナガ (id:nekonaga)
Amazon.co.jpアソシエイト