フリー哲学者ネコナガのブログ

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『文明を変えた植物たち─コロンブスが遺した種子』酒井伸雄

 酒井伸雄『文明を変えた植物たち―コロンブスが遺した種子』を読む。

 

 周知の事実だが、現代のわれわれにとって身近な植物の中には、アメリカ大陸原産のものが決して少なくない数ある。これが何を意味しているかというと、それらはいずれも、大航海時代にヨーロッパ人たちが持ち帰るまではそれほど世界に広まっていなかったということである。こうした植物は「コロンブスの遺産」と呼ばれている。

 コロンブスの業績と言えば、有名なのはもちろん「新大陸を発見した」である。本人はインドと思っていたにしても、世界史という意味では「新大陸を発見した」のはコロンブスである(実際はだいぶ前にヴァイキングや、そもそもアメリカの先住民が到達しているが、問題はその後の歴史にどれほど影響を与えたかということである)。

 あるいは、それとは別に「人間を発見した」というのもある。つまりコロンブスは、時のヨーロッパ人の多くが抱いていた「外の世界には怪物が住んでいる」というイメージに対して、航海先の島々で「怪物がいない」こと、むしろ「人間がいる」ことを発見したのである。これも世界観の変革に当たる(岡崎勝世『世界史とヨーロッパ』)。

 そして、コロンブスによる「世界観の変革」のもう一つの側面と言えそうなものが、ここでとりあげる「植物の発見」である。「コロンブスの遺産」は、急速に、あるいはそれなりの時間をかけながら、明らかにわれわれの生活世界を変えた。新大陸から持ち帰られた植物は、紆余曲折を経ながらもヨーロッパ文明に取り込まれ、ひいては世界各地に影響を及ぼしていくことになる。

 実際にコロンブス本人が持ち帰ったかどうかは別として、コロンブスによる「大陸間交流事始め」が契機となって普及した植物は、驚くほど多岐に渡る。列挙してみると、重要なエネルギー源となるジャガイモ、サツマイモ、トウモロコシを初めとして、トウガラシ、カボチャ、トマト、インゲン、パイナップル、あるいはピーナッツやカシューナッツ、ヒマワリ(種子からは油もとれる)、チョコレートの原料であるカカオ、チューインガムの原料であるチクル、嗜好品であるタバコ、さらにタイヤを初め多くの物の製造に欠かせないゴムなど、いずれも様々な面で文明の基盤、あるいは文化的特徴を担うものばかりである。

 

 ともかく、これほどあるそのそれぞれが、近代的な文化や社会を形成してゆく中で決して小さくはない影響を及ぼしているということである。したがって歴史や社会について論じられる際にも、こうした植物について言及されることは少なくない。ただ、私が本書を特におすすめしたいのは、一冊の中であえて複数のものを扱っているからである。何であれ歴史を追えばどこかに「始まり」はあるわけだが、それが新大陸発見という時点に一つや二つではなく「これほど」あるというのがおもしろいところなのだ。

 実際、個別の植物およびその利用についてなら扱っている本はたくさんあるし、手軽な読み物として新書界では一つのジャンルを形成している感もあるが(たとえば山本紀夫『ジャガイモのきた道』『トウガラシの世界史』、武田尚子『チョコレートの世界史』、伊藤章治『ジャガイモの世界史』など)、「新大陸発見以降に広まったものである」という記述があっても、各論ではそのインパクトを実感することが難しい。要は、本書のように一挙に複数扱うことで、新大陸「以前以後」の違いがよく実感できるというわけである。

 

 いずれにしても本書では「コロンブスの遺産」のうち、それぞれ少量ながらも、ジャガイモ、ゴム、カカオ、トウガラシ、タバコ、トウモロコシの6つの植物についてそれぞれ一章を割いており、それらの植物と各文化や社会とのかかわり、中でも現代のわれわれの文明にもつながる「ヨーロッパ近代文明」に及ぼした影響を描いている。ここでは、最初と最後のジャガイモとトウモロコシをとりあげよう。

 

 ジャガイモは、新大陸植物の中でも特に歴史に与えた影響が大きく、世界史の教科書などでもおそらく最もよくふれられているものだろう。人類にとっての主要なエネルギー源として、まさに生死を左右してきたものの一つだからである。ヨーロッパに持ち込まれた当初は気味悪がられていたジャガイモだが、背に腹は代えられず、そのエネルギー効率のよさがわかると、次第に広まってゆくことになる(ジャガイモはムギ類に比べて単位面積当たりの収穫エネルギー量が4倍になるらしい)。

 ジャガイモはとにかく様々な側面で便利だった。まずアンデス高地が原産なだけあって寒さに強く、ヨーロッパの寒冷な気候でも栽培できた(農作物の中で最も北で栽培されているのはジャガイモとのこと)。また、ムギ類では戦時に踏み荒らされると収穫量がゼロになってしまうが、ジャガイモの場合は地中にあるため、わざわざ根こそぎ掘り起こされでもしない限り、食糧として残る。為政者がジャガイモを推進したのはそのためである。

 あるいは、地中にあることは天候による被害に対する強さという意味でも同じだったし、そもそもが三か月ほどで収穫できるのも大きな利点である。こうしてヨーロッパ各地の人々はジャガイモによって、絶えず悩まされていた飢餓の恐怖から徐々に解放されてゆくことになる。もっとも逆にいえば、ひとたびジャガイモが失われると大きな問題となる。中でもアイルランドでは、ジャガイモの疫病によるジャガイモ飢饉によって(政治的理由もあったが)、多くの人々が餓死したのはご存じの通りである。

 ただ、もう一つ注目すべきなのは、ジャガイモの普及によって肉食文化にも大きな変化が起こったことだろう。本書によれば、ジャガイモ以前のヨーロッパにおける肉食といえば豚肉が基本だったが、絵画に描かれているように、豚は痩せ細っていた。つまり家畜の餌が足りなかったわけだが、ここに余剰のジャガイモがまわされることによって年中飼育できるようになったのだ。それ以前は、タンパク質を摂るために「臭くてまずい上に塩辛い塩漬け肉」を一年かけて少しずつ食べるしかなかったとのことである。

 ちなみに、ジャガイモは文明を「底上げ」することはあっても「興す」ことはないとしばしば言われるが(ムギ類と比べて輸送が困難だから)、ジャガイモで興った文明が二つだけある。まさにジャガイモの原産地にあたる地域での、ティワナク文明とインカ文明である。これらの地域ではジャガイモを加工してチューニョと呼ばれる乾燥ジャガイモにすることで、難点を克服していた。つまり、水分が大幅に減るため(五分の一になるらしい)輸送も容易になり、保存もきけば、ジャガイモ特有の毒も抜けるということである。

 

 次にトウモロコシをみてみよう。こちらは、ヨーロッパに大々的に広まることはなく、早くから「家畜のエサ」としての側面が強かったらしい(今でも豚・牛・鶏肉の「製造」に欠かせないのはご存じの通りだが、ただし、世界レベルでは人間が飢えているのに、肉食を担保するために穀物を人間より先に家畜に与えているという別の問題もある)。著者によれば、ヨーロッパの中でトウモロコシが日常の食事の一部として定着したのは、わずかに北イタリアとルーマニアだけであるという。

 ただしヨーロッパということで言えば、ヨーロッパではない場所でヨーロッパ人を救った例ならある。それも、けっこう歴史を左右しているであろう場面においてである。有名なのは、メイフラワー号で海を渡り、プリマスに上陸したピルグリム・ファーザーズの話だろう。彼らは、命からがら到達したアメリカ大陸において、たまたま生き残っていた先住民に「トウモロコシの植え方を教えてもらう」という幸運に恵まれなければ、おそらく生き延びることはできなかったのだ。

 このことからもわかるが、実はアメリカ大陸においては、ヨーロッパ人が伝えるまではムギ類の方がむしろなく、トウモロコシこそ主要なエネルギー源だったのだ。実際、先述のティワナク文明とインカ文明がジャガイモを基盤としていたように、マヤ文明やアステカ文明は、メソアメリカを原産とするトウモロコシをエネルギー源としていた。トウモロコシにも、単位面積当たりの収穫量が多いこと、幅広い気候に適応できること、土質を問わないことなど、主要作物としての役割に耐えうる性質があったのだ。

 もっとも、栽培植物である以上は人間にとって便利な方に進化してきたわけで、もともとあらゆる特徴を備えていたわけではもちろんない。実際、現在のトウモロコシは野生で放っておくとおそらく生きられないとのことで、つまり生物学的に言えば、トウモロコシはもはや生存戦略として人間の労働に依存しているのであり、逆に人間は、トウモロコシに利用されているわけである。ちなみにこのような事情もあって、トウモロコシの原生種はどれか、あるいはすでに絶滅しているのか、今やわからないそうである。

 また、おもしろいのは、コメなら水で炊く、小麦ならパンや麺にするといった形で、たいてい基本的な食べ方は決まっているものだが、トウモロコシだけは共通の調理方法がなさそうだということである。確かに、日本ではそのまま熱してかじったり、粒をサラダに添えたりしているが、メキシコでは全く違って粒の中身だけをすりつぶし、引き延ばして焼いてトルティーヤにしているし(言うまでもなくこれにソースと好みの具をはさんだものがタコスである)、あるいはアンデス地方では、収穫の大部分を酒造にまわすのだそうだ。

 

 そろそろ終わりにするが、植物の種が広がるだけでも、文化は一変しうるということである。あるいはグローバリゼーションは「食」から始まったと言うこともできるだろう。ただ、グローバリゼーションはふつう「侵略」的ニュアンスが強いのに対して、食の場合は相互交流が活発になることでむしろ互いに大きな恩恵を被ったかもしれないというのがおもしろいところだ。ともかく、簡単とは言え、人類レベルでの大きな流れのイメージをふくらませてくれる一冊である。文章も変に学術ばったところがなく読みやすい。

 

文明を変えた植物たち―コロンブスが遺した種子 (NHKブックス No.1183)

文明を変えた植物たち―コロンブスが遺した種子 (NHKブックス No.1183)

 

 

 ちなみに、このほか個人的に新大陸植物系の手軽な読み物で特におすすめするのは、高野潤『カラー版 - 新大陸が生んだ食物―トウモロコシ・ジャガイモ・トウガラシ』と、和田光弘『タバコが語る世界史』である。前者は、アンデスに詳しい写真家である高野氏によるものだが、実際に現地でそれらを食べて生活しながらの論考に加えて、多くの種類のジャガイモやトウガラシのカラー写真を見ることができる。原産地での人々のそれらに対する扱いを知ると、身近な食材を見る目も変わるはずである。そしてジャガイモの写真を眺めるというのは、意外とはまる。

 後者は相対的に数が少ない「タバコ」をテーマにしたブックレットだが、様々な時代・地域における人々とタバコのかかわり、またヨーロッパ人のタバコとの出会いが簡単にまとめられている。本来の「嗜好品」としてのタバコは葉巻タバコやパイプタバコ、噛みタバコ、嗅ぎタバコであり、現在一般にタバコと呼ばれる紙巻きタバコがいかに特殊な「商品」であるかもわかる。また、フィクションの世界では意外と中世ヨーロッパ人がタバコを嗜んでいたりするという指摘もおもしろい(もちろん実際の中世ヨーロッパ人はタバコの存在すら知らなかった)。

 

カラー版 - 新大陸が生んだ食物―トウモロコシ・ジャガイモ・トウガラシ (中公新書)

カラー版 - 新大陸が生んだ食物―トウモロコシ・ジャガイモ・トウガラシ (中公新書)

 

 

タバコが語る世界史 (世界史リブレット)

タバコが語る世界史 (世界史リブレット)

 

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