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フリー哲学者ネコナガのブログ

人間にまつわること、哲学や科学、宗教、社会の問題、生き方のことなど書いています。基本的にエッセイです。

シェイクスピアはどこへ消えたのか(追記あり)

 4月になったので、シェイクスピアについてふれてみたい。なぜ4月かといえば、この4月がシェイクスピアの没後400年にあたるからである。シェイクスピアは、1616年4月23日に世を去った。死因については諸説あってよくわかっていないが、少なくとも老いて寿命で死んだという感じではないようだ。

 ちなみに、長いこと生まれた日も4月23日とされていたが(そのせいで4月23日はシェイクスピアデーになっている)、これは今では否定されているようである。もともと公式な出生記録はなく、洗礼日が4月26日ということから諸説が生じて、希望的観測で23日になっていたらしい。実際は誕生日も4月26日とみるのが妥当とのこと。

 

 さて、シェイクスピアといえば、注目されるのはもちろん作品である。作品については、語りつくされている感そのものの歴史が書けそうなくらい、語りつくされている感がある。しかし、一方で一部の人々は、作品と同じくらい作者にも興味がある。作品がこれだけ知られているのに、それでいて本人については謎ばかりだからである。

 もちろん、謎は探すからたくさん見つかるわけだが、シェイクスピアその人については、情報が少なすぎるというのは事実である。元より、シェイクスピアの人気は死後に急上昇したのであって、プロだったとは言え、当時は一人の劇作家に過ぎなかった。だから、本人についての記録はきわめて断片的なものしか残っていないのである。

 あるいは、今や多くの人が「読む」という形で楽しんでいるが、劇作家だった本人には「出版して作品を残す」という感覚もなかっただろう(即興的に書き換えるのも好んだらしい)。それなら、放っておくと確かに実像と想像のギャップが大きくなりやすい人物だと言える。われわれは常に、「残っているもの」だけをみるからである。

 ともかく、シェイクスピアの場合は、とりわけ本人についての記録が乏しいというのは強調しすぎることはない。そして、まさにここから様々なストーリーが出てくるわけである。中でも最も有名なのは「別人説」だろう。つまり、「シェイクスピアの作品は別人が書いた」というものである。これについてみてみる。

 

 「別人説」で最も知られているのは、同時代に生きた哲学者・法律家のフランシス・ベーコンを真の作者とするものだ。個人的には、この説を最初に知ったのはコリン・ウィルソンの『世界不思議百科』(原著1987年)だったが、同書ではベーコンおよびその他数人の「候補者」に関する諸説が丁寧に検証されていた。

 ただ、それから他の本など調べてみても、それ以上おもしろくはならなかった。つまり、別人説の主張はどうも、どこかで論理が飛ぶのである。パズルが完成していない。実際、ベーコン説をとりあげる本は今でも出ていたりするが、つまるところ結論は「謎は残る」であり、もはやこれ自体が一つのジャンルになっている感じである。

 結局、いちばんすっきりまとまっていたのはウィルソンの本じゃないかと思うが、ともかくそれを参照すると、ベーコン説については1800年前後のジェームズ・ウィルモットという牧師が元祖らしい(このウィルモットの説自体、しばらく埋もれていて、1932年にアラダイス・ニコルという研究者が再発見したとのこと)。

 まとめると、ウィルモットはもともとベーコンとシェイクスピアが好きで、シェイクスピアの作品を研究した結果、「どう考えても広く学問を身に付けている人だ」と思い、そこから「ならばシェイクスピアの蔵書が一つも見つからないのはおかしい」となって、最終的に「作者はむしろベーコンだ」と考えることで腑に落ちたらしい。

 もちろんこれは簡略化しているが、とは言えウィルソンによれば、結局こうした説の多くはやはり「木を見て森を見ず」で、「彼らの大部分は、良い詩と悪い詩の区別さえつかないほど、文学の本質に関する読みに欠けている」という。そして最大の問題はもちろん、どの説も、本人が書いたとみる以上の説明力がないということである。

 

 そもそも、ベーコン説を初め別人説の論理は、シェイクスピアと別人候補者がほぼ同時代にイングランドに生きていたということは大前提として、「シェイクスピアの生涯には全く記録のない謎の空白期間がある」とか、「田舎生まれで学のない若者が、ロンドンに出た途端に急に戯曲を書けたはずがない」とかいった主張が基本である。

 しかし、結局これらも後世の感覚によるバイアスがかなりあるようだ。まず「謎の空白期間」については、前述のように、一人の劇作家に過ぎなかったシェイクスピアの私生活が詳細に記録されていなくても、別に不思議はないということだ(むしろ研究され続けている分、今では同時代の他の人物に比べるとわかっている方らしい)。

 次に「学がない」だが、これについて「創造力についての理解が根本的に間違っている」としているローリー・マギル教授によると、そもそも16世紀のグラマースクールのカリキュラムが、対話・討論・言い換え・レトリックなど、将来の劇作家にとってむしろ理想的なものだったらしい(これは今月号のBBC History Magazineから)。

 ということで、別人説は今のところ説得力を持っていない。ただ、本人についての情報が乏しいのは事実なので、これからも多方面で諸説が出るだろう。そういえば肖像画についても、生前唯一のものが植物学の本に載っているという説が去年流れていた(これは当時流行の暗号を解読した結果なので、信憑性を確かめるには根気がいる)。

 

 さて、もともと4月になったらこうして何か書こうと思っていたのだが、それでシェイクスピアのニュースを追っていたら、意外とメモリアルだけでなくて興味深い新発見も流れていたから、最後にいくつか紹介しておくことにする。というか、それこそ注目すればいつでも流れているのかもしれないが。

 とりあえずホットな話題としては、「シェイクスピアの頭蓋骨はなかった」というのがある(Shakespeare's Skull May Have Been Stolen by Grave Robbers)。頭蓋骨については元来「1794年に盗掘された」という伝承があったが、考古学的な調査がいっさい許されていなかったからこれまでは不明であった。

 しかし、今回は地上からのレーダー探査に限ってようやく許しが出たらしい。GPRという手法だが、高周波の電磁波を放射して跳ね返りをみることで、どんな物体がどれくらいの深さにあるかがわかる。結果、頭部は本当にないらしいとのこと。さらに、棺にも入ってなくてかなり浅いところにあったようだから、盗掘説は事実かもしれない。

 ちなみに、シェイクスピアの墓は生まれ故郷のストラトフォード・アポン・アヴォンのトリニティチャーチにあるが、墓そのものがどんな感じか知りたければ、Find a Graveという便利な墓情報サイトがあるので、興味のある人はぜひ(William Shakespeare (1564 - 1616) - Find A Grave Memorial)。

 

 最後に、これを最初に書けという話だが、シェイクスピアゆかりの「グローブ座」があった場所で、なんと未発表の戯曲が新たに発見されたというニュースもあった(Never-before-seen Shakespeare play discovered)。本当の意味で未発表の「未完」の原稿らしいが、本人のものだとすると、年代からして遺作と思われるらしい。

 しかも、さらにすごいのは内容が自伝的だということである。つまり、シェイクスピアの戯曲としてはこれまで知られていないジャンルだから、シェイクスピア観が大きく変わる可能性がある。そして、中身によっては、本人についての理解も一気に進むかもしれないだろう。まだ専門家が検証中ということだが、今後の情報が楽しみだ。

 

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 追記。なんだか申し訳ない気持ちでいっぱいだが、お詫びと訂正がある。公開してから気づいたのだが、いちばん最後のニュースの話は事実ではないようだ。他にどこにも載っていないのでおかしいとは思ったが、意に介さずに書いてしまった。要するに、BBCのエイプリルフールネタに思い切りのっかってしまったのだ。


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