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フリー哲学者ネコナガのブログ

人間にまつわること、哲学や科学、宗教、社会の問題、生き方のことなど書いています。基本的にエッセイです。

「印象に残っている新人」

今週のお題「印象に残っている新人」

 

 たまには、と思ってはてなブログの「今週のお題」に則って書くことにしたら、今週のお題は「印象に残っている新人」とのことである。これはどうも、書けそうもない。

 なぜなら、「新人」では選択肢が多すぎるからである。自分が知っている範囲だけでも膨大な数にのぼる。とても選べたものではない。

 ただ、「旧人」や「原人」なら話は別である。もちろん会ったことはないが、博物館での復元された彼らの像はとても印象に残っている。

(このまま続きます)

 

 猿人や原人、旧人が見たければ、おすすめスポットは上野の国立科学博物館である。残念ながら館内のスタッフや見て回っている人はみな新人だが、人類コーナーの大きなガラスケースの中には、過去の数種の人類の復元像がある。

 旧人からはホモ・ネアンデルターレンシスのラ・フェラシー、原人からはホモ・エルガステルのトゥルカナ・ボーイ、猿人からはアウストラロピテクス・アファレンシスのルーシーである(いずれも前者が学名、後者が標本の愛称)。

 これらは完全に近い形で出土した骨格から再現したもので、科博では骨格標本と再現像が並置されている。ちなみに、演出として、こちらから見ているわれわれ新人と出会った時の想像上の反応を示している。是非見にいってみてほしい。

 

 ただ、個人的にもっと印象に残っているのは、その脇で別のガラスケースの中にいる原人のホビット(ホモ・フローレシエンシス)である。これだけ後から設置されたわけだが、というのも初めて骨が発見されたのが2003年だからだ。

 「フローレシエンシス」というのはフローレス島(インドネシア)で発見されたことからつけられた名前であるが、道具を使って狩りを行っていたらしいから、その意味では「原人」の一種である。しかし話は簡単ではなく、大きな謎もあった。

 何かと言えば、「ホビット」という名前からもわかる通り、身体が非常に小さかったのである。なんと身長1メートルだ。もちろん、年代によっては小さくてもおかしくないが、彼らは一万数千年前まで生存していたらしかったのである。

 つまり、従来の人類進化の歴史モデルには位置づけがたい人類が、急に見つかったわけである。そこで当初は「子どもの骨格なのだ」とか、「病気で小さくなった現生人類」「猿人の生き残り」などいろいろ言われていたが、とにかく謎であった。

 もっとも、今では「島嶼化」説が有力なようである。島嶼化というのは、誤解のないように短く書くのは難しいが、島のような隔離された地域では生物の流出入および環境の変化が少ないから、淘汰圧の関係で巨大化・矮小化しやすいということである。

 そもそも、原人でありながら海を渡ったというのもかなりインパクトがあったようだが、とりあえず今では「初期のジャワ原人がフローレス島に漂着して小型化した」というのが妥当な解釈らしい(Bernard Wood『人類の進化』訳者補遺より)。

 

 ちなみに、上のことからもわかるが、「猿人・原人・旧人・新人」という長らく使われていた分け方は、最近では以前ほどには確固たるものではない。研究が蓄積されるにつれて、類縁関係や年代の想定がどんどん書き換わってきたからである。

 たとえば、上でみたフローレス原人とて区分は「原人」だが、年代的にみてフローレス島内では現生人類と共存していたわけである。あるいは、現生人類の直接の祖先ともされていた「旧人」のネアンデルタール人も、今や祖先ではないことは常識である。

 それどころか、ネアンデルタール人の場合はかなりの共存期間があったことはもちろん、交配もしていて、現生人類のDNAの数%はネアンデルタール人由来ということまでわかってきた(スヴァンテ・ペーボ『ネアンデルタール人は私たちと交配した』)。

 そんなわけなので、人類の分類はけっこう忙しいらしい。実際、こういうのを書く時に参照するのにも、数年前の本がすでに使えなかったりする。そして研究者ごとにも違っていたりするから、いずれにしても素人が覚える必要はなさそうだ。

 

 ただし、少なくとも重要なのは、こうした段階論的な分類をみて「サルからヒトに一直線に進化した」などという誤解をしてしまわないことである。過去の人類の中には、われわれの直接の祖先にあたるものもいれば、そうでないものもいるのだ。

 つまり、ホモ属で唯一われわれ(ホモ・サピエンス)だけが生き残ったのは結果論であって、現生人類が生き残る「ための」ストーリーを思い描いたら、話が逆だということである。実際、われわれ以外に存在した幾種もの人類が絶滅しているのである。

 

 ちなみに、こういうスケールでみてみると、生物学的に「人種」を見出そうとする試みがいかに徒労であるかもわかる。人類は、全歴史的には少しは多様だったかもしれないが、今や遺伝的にきわめて均質なたった一種しか残っていないのである。

 それなら、冒頭では「新人」は「数が多すぎる」と言ったが、他方でこちらの視点に目をやると、むしろ現生人類全部合わせても、これまで地球上に存在した全人類と比べれば、あまりにもごく一部しか見ていないかもしれないのである。

 

人類の進化: 拡散と絶滅の歴史を探る (サイエンス・パレット)

人類の進化: 拡散と絶滅の歴史を探る (サイエンス・パレット)

 

 こうした話に興味のある人は、手ごろなものとして本書を持っておくと便利かもしれない。古人類学の基礎知識や基本的な考え方だけでなく、その知識が「どのように得られるのか」という視点から、調査の方法や研究の進み方もコンパクトにまとめられている。原著は2005年だが、ここでも参照したようにその後の知識は訳者による長い解説で補われている。内容構成としても、訳文という意味でも、読みやすくておすすめ。


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