フリー哲学者ネコナガのブログ

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コサ語学習者はコサ語の難しさに苛立っているわけではないという話

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 マッコウクジラは、クリック音でコミュニケーションしていて、方言まであるらしい。

 言語学をかじっている人なら、コミュニケーションのために発する音だからと言ってそれが「言語」とか「方言」と呼べるのかどうかは常に頭が痛い問題だから、この記事自体にはつっこみたいのが山々だろう。しかし、ともかくクジラが発する音をきいていると神秘的な気分になるのは間違いない。

 両方とも上の記事にあるが、マッコウクジラのクリック音もいいけど、ザトウクジラの鳴き声などはヒーリングにぴったりであろう。というか、後ろで鳴っている心臓の音の迫力がすごい。是非ヘッドホンやイヤホンで目を閉じて聴いてみてほしい。

 

 さて本題は、「クリック音」で思い出したのだが、人間の言語にもクリック音があるという話である。それは、外国語愛好家(というのだろうか)の間ではとても有名な、「コサ語」の基本的構成音の一部としてあるものである。

 ちなみに、かくいう私も一時期、言語の多様性がおもしろくて言語事典や各言語の入門書を片端から読んでいたことがある(語学は手段でなく目的としてやると意外とおもしろいのでおすすめだ)。それで、なんだかコサ語を思い出してなつかしかったので紹介することにした。ついでに伝統的な言語学の基本用語も少し、これみよがしにちりばめておこう。

 

 まず、コサ語とは、「ニジェール・コンゴ語族」に属する言語の一つで、南アフリカでとくに話されているものである。「語族」は言語の分類で一番大きな区分だが、一番小さな区分で言うと「ングニ諸語」の一つとなる。

 ちなみに、この「ングニ」もそうだが、アフリカの言語では、母音を伴わない「n」や「m」で始まる語が珍しくないから、カタカナで書くと「ン」で始まる言葉がたくさんある。しりとりでどうしても勝ちたい時はがんばってほしい。

 

 で、クリック音(吸着音とも)とは、舌をチェッと鳴らす言語音である。これは、われわれが言う「舌打ち」にあたるものだが、コサ語ではこの舌打ちが音素(その言語内での最も小さな音の単位)の一つなのである。

 だから、子音であるこの舌打ちに、「ア」「エ」「イ」「オ」「ウ」の各母音がついたものが言語音として普通に使われることになる(ちなみに母音は、IPA=国際声音記号で書けば [a], [ɛ], [i], [ɔ], [u] である。幸いこの発音は難しくない)。

 ということで、コサ語を話したければ最初はチェッチェチェッチェ練習せなばならない。

 

 ところで、コサ語には、吸着音とは別に「放出音」というものもある。これは、喉の奥の方の「声門」を閉じてつくった空間に溜めた空気を、気圧を上げることで放出させて発する音である。ポコンという音が鳴るが、これもコサ語の基本的な言語音の一つである。

 したがってコサ語学習者は、チェッチェチェッチェ言いつつ、ポコンポコンも練習しなければならない。忙しいものである。しかし、この吸着音と放出音(どちらも、肺からの呼気によるのではない点で特異な言語音である)が両方あるということで、コサ語は一部でこんなにも有名なのである。

 

 さて、今や便利なもので、youtubeで実際に発音されているのがあったので是非きいてみてほしい。チェッチェもポコポコも両方聴ける。とりあえず、ネイティブ(だと思われる)とは言え、コサ語を流暢に話しているのはとてもかっこいい。

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 ところで、こちらのマンデラさんが最初に話し始めるところを注意深く聴いていればわかるように、実は「コサ語」の「コサ(Xhosa)」の「コ(xho)」がすでにクリック音である。このように、いきなり舌打ちが必要になってくる場面もあるのである。

 ということで、今度誰かに舌打ちされたら、すぐに嫌な気持ちになる前に、実は相手がコサ語を話し始めるんじゃないかと期待してみてほしい。たぶん、期待するだけでもちょっとおだやかな雰囲気になるであろう。

 

 最後に、もう一つ私がコサ語に関して思い出せることを加えておけば、これはバントゥー諸語に共通の特徴だが、名詞のクラスがとても多いというのもある。

 名詞のクラスとは、例えばフランス語などでは、いわゆる「男性名詞」と「女性名詞」があるが、これを「名詞のクラスが2つある」という。こうした分け方はもちろん、言語学者が勝手に決めたのではなく、クラスが違うと文法的に違う扱われ方をするということである。

 例えば、上にあげたフランス語のように「男性名詞/女性名詞」の区分を持つ言語では、名詞が女性名詞なら、それにかかる形容詞も女性形に変形させねばならないとかいったルールがある。これは、肌で学んでいかないとなかなか身にならない類のものである。

 ちなみに英語は、これがない点に関してはとても楽である。一応、名残りとして、たとえば「ship」を指して「she」と女性形的に表すとかはあるが、クラスが二つの言語ではこんな程度ではなく、ありとあらゆるすべての名詞がどちらかに分類されるから、それに応じて他の品詞も二つの形を使い分けねばならない。

 さらに、知っている人は知っているように、ドイツ語のように、これに「中性」を加えてクラスが三つの言語もある。こうなるとさらに複雑性は上がる。しかし、ここで唐突にコサ語に話を戻すと、コサ語には名詞のクラスがなんと十三もあるのである。

 これはもう、チェッチェチェッチェ、ポコンポコンであろう。コサ語学習者が舌打ちばかりしていても、今日もがんばっているな、と思ってあげてほしい。もしくは、あなたも加わってみてはどうだろうか。舌打ちにも、いろいろあるのである。

 

Complete Xhosa: A Teach Yourself Guide (TY: Language Guides)

Complete Xhosa: A Teach Yourself Guide (TY: Language Guides)

 

 日本で出ている本では、コサ語を扱った本は残念ながらまだない。しかし、こちらも言語マニアにはおなじみの「Teach Youself」シリーズではコサ語を学ぶことができる。


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