フリー哲学者ネコナガのブログ

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「宗教」は今後どうなるのか(2)島田裕巳『宗教消滅』を読む

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 前回は「お坊さん便」を引き合いに、日本における多数派宗教である仏教の位置づけの変化についてみてみた。おさらいと補足をしておこう。

 まず、日本では長らく「あの世」に関するもろもろは仏教の独占状態であった。一応、「信仰している宗教」をアンケート調査すると複数回答が異様に多くなるくらい、日本には他にも多くの宗教があるし、それぞれに信者も多い。しかし、もう一方の多数派である神道は「あの世」にはたいした興味がないし、すべて含めても、少なくとも「葬儀」においては依然として仏式が九十数%である(葬儀を一人について複数宗教でやる人はさすがに少数派であろう)。

 したがって、やはり「あの世」については事実上仏教の独占状態と言える状態であった。しかし、一方で「お坊さん便」の登場や、地方寺院の経営の苦しさをみると、そうした構造は明らかに崩れ始めている。日本の宗教構造全体という意味でも、何らかの大々的な変化が起こっていると言えそうである。ここまでが前回みたことである。

 

 さて、本題は、日本における仏教のみならず世界における宗教の行く末を考えることである。急に話が大きくなるが、できる範囲でやってみよう。

 ということで今回は、前回予告したように、タイムリーにも書店で平積みされていた島田裕巳『宗教消滅 資本主義は宗教と心中する (SB新書)』の内容に触れてみることにしたい。ただし、じっくり読んでおきたいので、同書の内容を勝手に「日本編」と「世界編」の二つに分けて、記事も分けることにする。つまり、今回は日本編であり、依然として世界には至らない。しかし、日本の流れをみることで、より一般的な流れを見るのに役立つ視点が得られる。

 

 では、以下、島田氏の本の内容を見てみよう。

 

 本書は、日本における「宗教消滅の兆し」として、特に新宗教の信者数の変化を示すところから始まる。参照されているのは、文化庁総務課が出している「宗教年鑑」である。もちろん、これがどこまで実態通りかはわからない。なぜなら、宗教年鑑でも、信者数は自己申告に基づいているからである。どの宗教団体であれ、信者数を正確につかむことは難しい。

 しかし、自己申告ならなおさら、信者数を誇張することはあっても、少なくすることはないだろうと考えられる。したがって、ここでの数字が減っているなら、衰退を表しているとみてよいだろうということだ。というか、思い切り減っているのだ。

 具体的には、平成2年と平成26年の各信者数が比較されている。煩雑を避けるため数字はいちいち書かないが、その期間での差をみてみると、PL教団がほぼ半減、天理教が3分の2、立正佼成会がほぼ半減、霊友会が半分以下に縮減となっていて、すごい減りようである。

 大きなところでは創価学会も忘れてはいけないが、これはちょっとややこしい。創価学会では、信者になると「日蓮が書いた本尊曼荼羅を模写したもの」が授与されるが、これは「世帯当たり一枚」のため、個人単位での信者数がわからない。

 また、会費がないから「現在の」信者数がわからないというのもある。つまり、いったん曼荼羅を授与したら、その後に信仰をやめていたとしても「信者」としてカウントされ続けるということである。わざわざ曼荼羅を返したりしないし、返す必要もないからだ。つまり、創価学会の信者数はフローでなくストックなのである。

 ところが、それでも信者数は一定に保たれていて、少なくとも増えてはいないらしい。ということは、やはり減ってはいても増えてはいないというのが実態だと考えられるわけである。

 いずれにしても、新宗教の信者数が軒並み減っているのは間違いなさそうだということだ。ちなみに既成宗教についても、高野山での法会参加者や伊勢神宮の参拝者数が大幅に減っていることが指摘されている。

 

 さて、なぜここで新宗教に注目するのかと言えば、著者が言う「セオリー」と関係している。著者は、人類の歴史は「経済」「宗教」「政治」の三つの軸で展開されるとしており、世界の宗教事情を読み解くにはこの視点が外せないとしている。つまり、「経済状況が不安定になると、宗教の力が大きくなり、拡大した宗教は政治に向かう」ということだ。したがって「経済─宗教─政治」は切り離せない関係にある。

 とは言え、少なくとも戦後の日本では、創価学会の例を除いて新宗教が「政治」面で直接的に大きな影響を及ぼすには至っていない。これはもちろん日本独自の政治構造にも原因があるだろう。しかし、経済と宗教が連動しているのは日本においてもおよそあらゆる宗教に共通している。したがってここでは、ひとまず経済と宗教の関係を日本の文脈で見てみよう。

 最初にまとめておけば、日本の宗教、とりわけ新宗教の信者数の増減は、「高度経済成長」と不可分の関係にあるというのが著者の主張である。そして、既成宗教の信者数の増減はある程度それに連動する。もっとも、これは特に目新しい結論というわけではなく、新宗教の拡大を考える際には必ずと言っていいほど指摘されることだ。

 まず、「いかに信者が増えるのか」という話であるが、戦後の新宗教の入信者をみると、いくつかの特徴があることがわかる。一つは「長男ではないため跡継ぎはなく、働き口もないから都市に出てきた」である。これにより、必然的に生まれ育った共同体から離れてしまうことになる。

 次に、「学歴が低い(当時の進学率を勘案しても)」である。これは当時では「大企業に入れない」を意味するから、入った社内での共同体的連帯や労働組合も弱いということになる。したがって、どちらにせよ都市に出てきた人は孤独になりやすいということだ。

 つまり、都市に出てきた孤独な労働者が、共同体的結びつきを求めて新宗教に入るのである。著者によれば、創価学会も立正佼成会も霊友会も、そうした人々を取り込んで大きくなった歴史がある(ちなみに、芸能人に新宗教信者が多いのも同じからくりである)。

 また、経済成長すればするほど格差も広がり、第一次産業を主とする農村部ではやっていけなくなる一方、第二次・第三次産業が中心の都市ではさらなる労働力が必要になるから、地方から都市への流入は一方的に加速される。したがって、「経済成長は新宗教を成長させる」と言えるのである。これが一つの法則のようなものだ。

 また、その裏返しとして、生まれ故郷で寺院と結びつきを持つ人も一方的に少なくなるから、次第に寺院経営も苦しくなって行く。まことにすべてはつながっているのである。かくして、既成宗教の衰退と新宗教の拡大が同時に起こる。

 

 ここまでで「経済成長とともに新宗教の信者が増えた」ことが分かった。しかし、冒頭で見たように、現在では、新宗教の信者は全体的に減少傾向にあるのであった。それならと経済を見てみれば、実際に経済成長も勢いをなくしているから、やっぱり「経済」と「宗教」に密接な結びつきがあることはわかるだろう。

 もちろん、それなら今後は都市の人が地方に戻るのかというと、そうはいかないというのが重要なところである。都市に入った人は、少なくない割合で都市生活を続ける。したがって、上述した「経済成長─人口流入─新宗教成長」のメカニズムのもとでは、地方での寺院は必然的に、「一方的に衰退するのみ」なのである。

 では、新宗教の衰退はどう説明できるのか。まず、衰退には二種類ある。信者が「増えない」ことと、「減っていく」ことである。ここまででわかる通り、「増えない」理由は簡単で、経済成長が止まったら都市に新たに出てくる人の流れも止まるからである。

 一方、減っていくのには新宗教特有の理由がある。それは、「世代交代」という概念がないことである。つまり、自分の子どもを含めて、下の世代に継承されない。なぜなら、新宗教では多くの場合、もともと入信の動機が個人的なものだからである。

 地方における既成宗教との結びつきのように、先祖代々続くほぼ自動的な継承であり、そうであるがゆえに必ずしも思い切りはコミットしていないのと比べると、新宗教との結びつきにおいては多くの場合、個人的で明確な動機がある。そして、それは個人的・状況依存的であるがゆえに、状況が変われば下の世代には継承されないのである。

 こうして、永遠に経済成長するのでもない限り、新宗教は時とともに「高齢化」が進むことになる。なぜなら、特定の時期に入った人びとが年を重ねるだけで、新陳代謝が進まないからである。そして、信者が特定の世代に偏っていればいるほど、世代が異なる新たな信者が入ることは難しくなる。いずれにせよ、新宗教は経済成長とともに大きくなるため、その裏返しとして経済の失速とともに衰退していくのだ。

 

 さて、ひとまず日本での動向についてはこのくらいにしておこう。まとめれば、まず、高度経済成長から続く「都市への人口の流入」とともに、地方での寺院との結びつきは弱まる一方である。次に、一方で経済成長とともに一時的に成長した新宗教は、経済の停滞とともにその勢いは衰えており、信者は減少傾向にある。したがって現代日本では、あらゆる宗教が衰退しているのである。

 加えるなら、さらに著者の見立ては、こうした中で都市を中心に「家族葬」や「直葬」、あるいは著者自身が提唱した「0葬」といった非伝統的な葬儀の形がますます広まっていくだろうというものである。これについては前回私が書いた結論と同じとなる(残念ながら「お坊さん便」には触れられていなかったが)。

 ちなみに、関連するものとしてちょうど「合葬墓」に関するニュースが流れてきたので、参考までに(少子化時代の弔い模索 塩尻市が合葬墓を建設へ:長野:中日新聞(CHUNICHI Web))。

 

 次回は、同書から日本以外の各国での現代宗教事情をまとめることにする。

 

宗教消滅 資本主義は宗教と心中する (SB新書)

宗教消滅 資本主義は宗教と心中する (SB新書)

 
宗教消滅 資本主義は宗教と心中する (SB新書)

宗教消滅 資本主義は宗教と心中する (SB新書)

 

  本書は、大げさに言えば「今後の人生を考える上でも示唆的」なので、興味があれば実際に読んでおくことを勧める。島田氏が言うように、宗教の動向は社会や世界の経済的・政治的変化と密接不可分なものだから、個人の生活環境の変化にも大きな影響がある。

 

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