読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

フリー哲学者ネコナガのブログ

人間にまつわること、哲学や科学、宗教、社会の問題、生き方のことなど書いています。基本的にエッセイです。

イヌとヒトの複雑な関係

"The Big Search to Find Out Where Dogs Come From" - The New York Times

http://www.nytimes.com/2016/01/19/science/the-big-search-to-find-out-where-dogs-come-from.html?ref=topics

 

 上の記事を読んで以来、イヌと人類のかかわりの歴史について少しだけ調べている。私は遊び程度に頭をつっこんでいるだけだが、本気でやればかなり探究しがいのあるテーマであろう。古代の研究は何でもすぐに諸説が変わるから大変ではあるが、だからこそ続けがいもあって探究はやむことがない。素朴には「オオカミを家畜化したものがイヌ」と言われているが、つっこみどころはいろいろあり、話は簡単ではない。

 

 起源ということで言えば、現生種のイヌが古代のオオカミから分かれたことはDNA分析から確かなようである。ただし、場所についてはヨーロッパが始まりとされていることもあれば(イヌ家畜化の起源はヨーロッパか)、アジアというのもあり(イヌの起源は中央アジアと 遺伝子調査)、決定的なことは言えないらしい。各地で独立に発生していてもおかしくはないが、今のところそうでない確率の方が高そうである。

 ちなみに、人類についても長らく単起源説と多起源説があったが、今ではご存じのようにアフリカ単一起源説に落ち着いている(少し派生すればフローレス原人の謎というのはあるが)。あるいは現代風にDNA的に言えば、現生人類は誰であれ一人あたり半分くらいがアフリカ起源となるから、地球人はみなアフリカ人である(こうなるのは、人類の歴史の半分くらいはアフリカ大陸の一部の地域内での出来事だからである)。

 

 さて、問題はイヌの「家畜化」というところにある。家畜化とはもちろん人間の利益になるように動物を手なずけることだが、そもそも「オオカミがそんなに簡単に手なずけられるのか」ということである。「家畜化」というと一方的にヒトが動物を手なずけるイメージがあるが、ヒトが近づいたのかイヌが近づいたのかも定かではない。もちろん実際は両方であろうが、どちらにせよ因果関係を簡潔に表すのは難しいであろう。

 一般的には「人類が狩った大型動物の食べ残しをイヌ(の祖先)が食べていた」とされており、これなら確かに、一緒についてまわる方が食糧を確保できる確率が高かったからと説明できる。ただし、ここでヒトの方のある種の「意図」がいつぐらいからどれほど介入するようになったかを考え始めると、もうお手上げである。何とでも言えてしまう。理由がそのあたりにある場合は、科学的にものを言うのが難しくなる。

 あるいは最近では、一時期われわれと地域を同じくして生存していたネアンデルタール人の生息年代の問い直しとともに、ヒトとイヌがセットになったことで当時の生態系ヒエラルキーに大きな影響があったとするユニークな説もある(『ヒトとイヌがネアンデルタール人を絶滅させた』)。これなら、生存競争(進化)の単位として「ヒト」と「イヌ」を初めから切り分けて考えた時点で誤りとなってしまう。

 

 いずれにせよ、イヌとヒトの研究で一番の謎は「なぜイヌはヒトに、あるいはヒトはイヌに近づくようになったのか」である。さらにここには、説明の次元の問題もある。つまり、ヒトがイヌを利用しているのか、イヌがヒトを利用しているのかという問題である。これは、近年「ペット」としてのイヌに尽くすあまり、傍から見ればイヌに手なずけられているように見える愛犬家と違うようにみえて、実は同じ問題である。

 まず、イヌの方からヒトに近づいたとして、イヌからすればもちろん追い払われたりするリスクもあるから、ヒトに気に入られる性質を持った(あるいはヒトの方が無関心ならヒトにとって無害な)イヌだけが生き残って遺伝子を残していくはずである。つまりこのシナリオでは、自然淘汰の原理により、イヌは全体として徐々にヒトに好まれるように変化することになる。そして、次第にヒトもイヌを何かに「活用」し始める。

 しかし、これを「家畜化の始まり」とみるのはあくまでもヒトの視点である。なぜなら、生物学的に言えば、イヌもまた「生き残っている」点で勝者だからである(生物学では、基本的に全ての生物の「目的」を「遺伝子を残すこと」とする)。ヒトの存在が大前提という条件付きでも、遺伝子が残れば進化論的には「勝ち」である。ドーキンスはこれを「個体は遺伝子の乗り物に過ぎない」と表現した(『利己的な遺伝子』)。

 わかりやすい例で言えば、十九世紀後半に誕生して、明治以降に日本中に植えられまくったソメイヨシノであろう。つまり、ソメイヨシノは人間に気に入られることで繁栄しているわけである。それなら、人間がソメイヨシノを利用しているのか、ソメイヨシノが人間を利用しているのか。事実は両方なのである。立場によって説明が変わる。ヒトとイヌも、ヒトがイヌがと言っているうちは何も当たらないかもしれないのである。

 

 語っている対象のおかげで話がまとまらないが、こうしてみれば少なくとも、この類の問題がなぜこんなに複雑になるのかはわかるであろう。つまり、われわれは何であれ「全体」をそのまま中立的に記述することはできないということである。古代の場合はなおさら「同意された前提」が少ないから、「これくらいの説明で納得」というラインがない。だからほとんどストーリーテリングに近いものとなる。

 

犬の行動学 (中公文庫)

犬の行動学 (中公文庫)

  • 作者: エーベルハルトトルムラー,Eberhard Trumler,渡辺格
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2001/11
  • メディア: 文庫
  • 購入: 1人 クリック: 13回
  • この商品を含むブログ (4件) を見る
 
犬の科学―ほんとうの性格・行動・歴史を知る

犬の科学―ほんとうの性格・行動・歴史を知る

 

 

 ちなみに、イヌは現在世界中に10億匹とされているが、そのうちペットは四分の一だそうである。日本ではやはりペットの印象が強いが、それでも野性の犬はウサギも捕食するらしい(これは沖縄の例だったと思う)。そう思えば飼育下と野性下の違いとかいうのも気になってくるが、それもまた整合的に説明するにはあまりにも複雑である。これについてはダーウィンも『種の起源』の冒頭で少しふれている。


© 2015 ネコナガ (id:nekonaga)
Amazon.co.jpアソシエイト