フリー哲学者ネコナガのブログ

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本の未来を読んでみよう(2)これからの「書店」と「本」のありかた

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 前回、リアル書店が「立ち読み歓迎モード」に移行していることをみた。もちろん、これは私なりの一つの見方なので、事実として許容されているかは別の話だ(一応言っておくと、私は終始、分析しているだけで、個人的な価値判断は表明していないつもりである)。しかし、ともかく今回は、そのような状況があることを前提として、今後の書店や読書や書籍の進みそうな方向について考えてみたい。

 

 前回みたことからすると、今後ますます進みそうな方向性として、本を「買う」理由は利便性の向上である。中身を読みたいだけなら、立ち読みすればよい。そのための環境はどんどん整備されて行くであろう(そしておそらく、リアル書店は読書の場を提供することが本業となって、本を売ることがサブ事業となって行くであろう)。それなら利便性の方で何か伸ばせるかというと、実はこれはもう勝ち目がないものがある。言うまでもなく電子書籍である。

 電子書籍なら、利便性という意味では申し分ない。何しろ専用端末は紙の本より持ち運びが簡単だし、それこそ本棚まるごと引っ提げて、いつでもどこでも読める。そして何より、購入するために書店に足を運ぶ必要もない。最初に端末を買えば終わりである。もはや、物理的に紙の本そのものが好きな場合を別として、本来の目的であるコンテンツのためだけなら、紙の本に触れる必要すらなくなったわけだ。

 

 もっとも「立ち読み」という意味での利便性は、リアル書店での紙の本に比べると弱いが、それも「今のところ」という話である。確かに、電子書籍では中身を見られる場合もほんの少しであることが多い。しかし、この点はそう遠くない将来に問題にならなくなるだろう。なぜなら、おそらく定額で読み放題かそれに近い状況になるからだ。これについては以前に触れたので繰り返さない(「電子書籍をどこで買うか」を参照)。

 要するに、実質的に万人が共有のデジタルライブラリを持つことになり、本に対する「所有」という観念そのものに意味がなくなるということである。実際、私は洋書のキンドル版を買う時にはアマゾンコム(米国)を利用しているが、そこでは当初からすでに事実上の読み放題が実現している。なぜなら、アマゾンコムで買った電子書籍は、一週間以内なら無条件で返品できるからである。

 もちろん、正式な読み放題プラン(Kindle Unlimited)もあるが、これは点数が限られているのに対して、返品の方はもともと対象書籍に制限がない。返品すると、自分のライブラリからその本が消えて、100%返金を受けられるだけである。つまり、買うかどうかは「買ってみてから」決めればいいわけだ。もっとも、一週間という制約はあるから、今のところは「立ち読みし放題」と言った方がよいのかもしれないが。

 しかし、いつでも何度でもこれを違法性もなくすでに行えるのなら、実質的に読み放題状態である。そして、すでにこのようなシステムが水面下では存在しているということは、そう遠くない将来に期間制限もない完全定額読み放題に移行することが容易に想像できるだろう(現状は、全体的にみればおそらく、出版社や著者を含め、長い目で見ながら利益配分や権利関係の調整中であろう)。

 あるいは「定額」ですらなく、たとえば書籍にも広告が埋め込まれるようになって三者間市場化すれば、無料になってもおかしくない。今でこそ書籍そのものに値段がついているから端末内では電子書籍の宣伝しかないが、将来的には書籍が読み放題になるかわりに本の内容と関係のある広告が出たりもするかもしれない(そうなったらもう著者の印税はないかもしれない。そこでは本は広義での宣伝媒体、広報媒体となる)。

 

 さて、こうした話に対して「何を今さら」と思う方もいるかもしれないが、説明を続けよう。次に確認しておくべきは、「なぜ、電子書籍では定額読み放題のようなことができるのか」だろう。これについても、すでに常識となっているビジネスモデルで説明できる。簡単に言えば、デジタルであるがゆえに、限界費用(生産量を新たに一単位増やすのに要するコスト)が事実上ゼロだというのがポイントだ。

 この仕組みはそんなに難しいものではない。要するに、紙の本なら「量」を増やそうと思えばその分、製造・流通・販売すべてで新たにコストがかかる。つまり、1万冊作って売るには1冊の場合より多くのコストがかかる。一方、電子書籍なら一瞬でコピーできるし、すでにある通信ネットワークに乗っかっているだけなので運ぶのにも余分なコストは生じない。おまけに消費者が労働を負担してくれるから人件費も不要だ。

 つまり、電子書籍では1冊でも1万冊でも、100万冊でもコストがかわらないわけである(売上が伸びた分だけ丸儲けということ)。そう思えば、現在の電子書籍の価格が異様に高いということがよくわかるだろう。消費者の方も、紙の本の時の肌感覚で何となく電子書籍の値段(紙の本の7~8割くらいが相場だろうか)を受け入れているが、これは単なる習慣に基づくものであって、実はとても非合理的なのだ。

 あるいは、返金システムにも納得であろう。売る側はサーバーにデータを置いておくだけで、あとは消費者が一人で勝手に探しに来てダウンロードして、気に入らなければ返品することもあるが、いずれにしても消費者の労働である(クリックだけだが)。いくら返品されても何も損失は生じないし、むしろ原価が限りなくゼロに近いから、積極的にタダで配ってお金を払ってくれる人にあたる確率を上げた方が利益になるのだ。

 要するに、電子書籍の読み放題サービスは、リアル書店での立ち読み推進と同じく、広告宣伝費ゼロで大きな広告宣伝効果を上げられるわけだ。それどころか、本気でコストゼロである点でより進化している。いずれにしても、こんな現状を見れば「立ち読み」の利便性でリアル書店が強いという状態はそろそろなくなるだろう(慣れの問題でもあるのだし)。そして、電子書籍の利便性には今後も向上する余地があるのだ。

 

 それなら、リアル書店に未来はないではないか。これもすでにくり返し言われてきたことである。しかし、私が違和感を感じるのは、「だから、今後のリアル書店は選び方で独自性を出せ」である。これは発想がノン柔軟だろう。確かに、書店が持つフィルタリングという役割には固有の価値がある。電子書籍では、自分の意識の範囲外のものに出会うことは難しいからだ(「なぜアマゾンのおすすめはあてにならないのか」も参照)。

 しかし、それでも選別機能が伸びる可能性はないだろう。既にやっていることだからである。つまり、現状の最適化という意味では確かに妥当だが、そこから未来につながるかといえば、大いに疑問がある。というのも、商品としての本ということで考えれば、これも音楽業界と同じ道を進む可能性が高いからだ。先に結論を言えば、そこに他人の評価を介在させたいというニーズそのものもなくなるかもしれないということである。

 ご存じのように、音楽は今や、作り手と受け手の関係がどんどんパーソナルなものになっている。つまり、作る方も聴く方も自分の好みを徹底的に追求することができる土壌が担保されていて、マスを前提とした領域はほとんどなくなっている。簡単に言えば、「ポピュラーミュージック」なるものがなくなっているのである。それなら、本についてもたとえば「ベストセラー」というような概念そのものに意味がなくなる可能性がある。

 実際、アマチュアも多く参入しているキンドルの電子書籍出版・販売市場では、かなりニッチな本が出ていて、それぞれがそれなりに売れているという状況がある。このおかげでニーズが満たされて書店に行く必要がなくなった人は、明らかに一定数いるであろう。あるいは紙の本もすでにネット書店しか買わないという人は大勢いるし、いずれにしても「書店」に価値を見出す人が減ることはあっても増えることはないだろう。

 (もっとも、音楽は今や専ら娯楽的な機能しか持たないのに対して、本には別の役割があることも忘れてはならない。たとえば、日本で「書評」というと宣伝の色合いが強いが、海外の書評サイトをみていると、明らかにジャーナリズムが根付いていることがわかる。つまり、出版・読書文化が、議論の場を確保するという民主主義の基盤の一つを担保しているのである。これは発生以来、歴史的にずっとそうである。しかし、ひとまずここでは商品としての本の話に絞ることにしよう。)

 

 さて、それなら当然、紙の本派が今後も生き残りたければ、考えなければならないのは、どこに付加価値をつけるかである。簡単に思いつくのは、すでに存在している「紙の本であることの価値」を徹底的に高めることだろう。たとえば、情報内容や利便性ではなく、「モノとしての紙の本がいいのだ」「手触りがいいのだ」「見た目がいいのだ」(まとめればいわゆる「あたたかみ」である)という人は現段階でもそれなりにいる。

 そこをターゲットにして、中身は何か知らないが紙の本の価値を徹底的に追求するというのはある。点数は減るだろうが、定価が上がってもおそらく大丈夫だから、可能性がなくはない。言わば昔の製本職人が生み出していた価値を復活させるのである。そうして「嗜好品」にしてしまえば、あるいはブランド化でもすれば、金持ちにもウケるからビジネスとしては成り立つだろう。何となれば、今でも一冊に何十万何百万出して買うマニアもいるのだ(彼らが今買っているのは稀覯本だが)。

 もっとも、紙の本は放っておいてもある程度は嗜好品と化するだろう。それはCDやデジタルミュージックになってレコードが今や嗜好品になっているのと同じ論理である。電子書籍がますます普及すれば、単純に希少性が上がることと、「あえてやる」という趣味の領域が開かれるからだ。もっとも、レコードは実際に音を出すメカニズムが全然違うのに対して、本来の目的を達するという点では電子書籍と紙の本は差別化できないかもしれないが(現状では、出版社が介在することによる質の向上はあるが)。

 

 さて、ビジネスの観点からかなりざっくりと本の未来を読んでみたが、前回分も含めて一応まとめておくと、(1)リアル書店は今後まったく別の役割に転じる可能性が高い、(2)資本主義の論理により、放っておいても電子書籍はどんどん浸透する、(3)それにともなって紙の本は嗜好品になるし、それを利点にした新しいビジネスも登場する、などなど。大まかには外れないであろう。何であれ、現段階で比較するより、自分なりに未来を見ているといろんな選択に迷いもなくなる。

 

Kindle Paperwhite (ニューモデル) Wi-Fi

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 ちなみに、私が読書用に愛用しているキンドル端末(paperwhite)はこちら。電子書籍専用の設計で、画面がフロントライト方式になっている。目が疲れないので寝る前の読書にもおすすめ。

 

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