フリー哲学者ネコナガのブログ

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誰がティラノサウルスを知っているのか

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 またTレックスがニュースになっていた。サイエンス系ニュースは定期的にチェックしているが、もはやニュースでもなんでもない感じでTレックスも定期的にあらわれる。 もちろん記事になるからには何か新しい情報があるわけだが、いつも思うのは「いったいいつになったらTレックスについて何かがわかるのか」ということである。終わりがないことはわかっているのだが、そう言いたくなる気持ちもわかる人はいるであろう。姿形から生活まで謎だらけである。

 

 Tレックスことティラノサウルスを、「知らない」人はいないであろう。しかし、Tレックスの「何を知っているのか」と問われたらいったいどう答えられるであろうか。多くの人はおそらく、知っているのはフィクションの世界でのイメージであろう。それなら、われわれが知っているのは架空のTレックスであって、過去に実在したと思しきTレックスの実態について「知っている」のとは次元が違うという話になる。

 もちろん、フィクションにおいても「ティラノサウルス」と明言する場合には、違和感が出ない形でティラノサウルスのアイデンティティーを保たねばならないから、基本的には研究結果に基づいているであろう(もちろんフィクションだから積極的に実態を反映しない場合もあるが)。しかし、こうした分野での研究結果は特にころころ変わるから、結局どれほど研究結果に忠実であれ、少し年代が違うだけでほとんど違う生物であるかのように描かれることになる。

 こうしたある種のギャップは探せばたくさんあるであろうが、有名なのは映画「ジュラシック・パーク」でTレックスが走ってジープに追いつくところであろう。これなら最低でも車レベルの速度が出ないといけないわけだが、映画の公開直後に出た研究ではTレックスは「走れない」とされた。骨格や筋肉、重量などを勘案してシミュレーションすると、出ても時速十数キロらしい。それなら体格差がこんなにあっても(体長は約12メートルとされる)、自転車で逃げられることになる。

 

 では、Tレックスの「実態」はどのように探るのか。そもそも「現存しない太古の生物についてどうやって研究するのか」というのがまずあるが、中でも大型動物の場合は、ご存じのように手がかりは化石くらいしかない。こうした「過去の生物」を扱う分野は「古生物学(paleaontology)」と呼ばれているが(誰も生きているのを見ていないが「生物」と呼ぶ)、生物学とは扱う対象も質的に異なれば、研究の方法も根本的に異なるわけである。

 恐竜ということなら、化石として残るのは基本的には骨や歯など堅い部分だけであるから(ちなみに、恐竜の名前の最後によくついている「ドン」は「歯」の意味である)、その堅い部分だけからあとは人間の方の努力で思い描くことになる。それならむしろ何かわかる方が不思議な気もするが、やはり何かにつけて諸説が入り混じっているから、今後も何かがどこかに落ち着くということはないのであろう。ほとんど好奇心でもっている世界だから、それでいいのであろうが。

 

 そもそも、骨や歯から何がわかるのか。骨をベースに肉付きくらいなら生体力学や現存種との類推からわかるかもしれないが、骨だってバラバラに断片的に出るわけだから、三次元での形を復元するだけでも一苦労である。あるいはどんな色だったか、どんな鳴き声だったかということになると、これはもう間違っていないほうがおかしい。万事が万事、断片的な手がかりに基づいた上である種の「想像」が介入せざるを得ないから、最終完成像がどれほど実態とかけはなれていてもおかしくないわけである。

 一応、地球での物理法則というのは(どこまで人間が発見しているかは別として)変わらないであろうから、それを考慮すれば「こうはならない」というところの限界はわかるが、それでも物証があまりに少ないとなると、モデルの複雑性が高すぎてやはり「こうである」ということは言いづらい。あるいは姿かたちがどうあれ、想定されている当時の環境というのはあるから、そこでの「暮らし」などは探究が別ルートとなるが、これとて問題は同じことであろう。要するに、実証できないから理論も進まない。

 

 もっとも、逆に言えば骨からそれだけのものが膨らんでいくわけである。リチャード・フォーティによれば、古生物学者は骨が大好きで、「彼らは、物語は骨に書かれていること、骨に起こった変化が謎を解き明かしてくれることを知っている」とのことである(『生命40億年全史』)。しかし、映画で描かれるヴィヴィッドな恐竜像と、一方で骨からロマンを抱く学者像を対比させると、やはりどうしてもシュールなものがある。本気で研究したら絶対おもしろいのだろうが。

 

文庫 生命40億年全史 上 (草思社文庫)

文庫 生命40億年全史 上 (草思社文庫)

 
文庫 生命40億年全史 下 (草思社文庫)

文庫 生命40億年全史 下 (草思社文庫)

 

 リチャード・フォーティは日本でもけっこう人気があると思うが、あんまりはまっていなくても(マニアックなのである)とりあえず誰でもおもしろく読めるのが本書である。以前は分厚いハードカバーで出ていたが、今は二分冊で文庫になっている。時系列で生命の歴史が語られるが、下巻の半ばでやっと恐竜である。生命の歴史の長さを感じる。


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