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フリー哲学者ネコナガのブログ

人間にまつわること、哲学や科学、宗教、社会の問題、生き方のことなど書いています。基本的にエッセイです。

リンゴを洗って食べるイノシシのことなど

科学のニュースから

natgeo.nikkeibp.co.jp

 

 スイスのバーゼル動物園で行われた実験で、食べ物を洗ってから食べるイノシシがいることがわかったらしい。

 

 洗って食べる動物といえば、真っ先に思いつくのは幸島のサルであろう。幸島(宮崎県)は京都大学による霊長類研究が行われている無人島である。ここのサルはイモを洗って食べることで有名だ。半世紀ほど前の発見だが、幸島のサルたちは、食べる前のイモを海水につけて洗うようなことを行っていたのである。

 これは当時、かなりインパクトがあったらしい。というのも、この行動は生得的(遺伝的)なものではなさそうで、なおかつ世代を超えて受け継がれているので、それなら「文化」とみなすことができるからだ。したがって「人間以外の動物も文化を持つ」ことの証拠としてよく挙げられるようになった。

 もっとも、汚れが嫌で、つまりきれいにするために洗っていたのか、それとも海水につけると塩味がつくのでそれがおいしいからなのか(という説もあった)、真意は定かではないが、ともかく結果的にあらわれるものとしては、われわれの感覚からは確かに「洗っている」としか言いようがないことをやっていたのである。

 

 では今回はどうなのか。記事を読む限りでは、どうもその実態はよくわからない。一応、汚れているリンゴときれいなリンゴを両方出して扱いを比べるのが実験の主旨だったようだが、「汚れている」と認識しているのか、つまり「洗って(きれいにして)食べてしかるべし」とイノシシ本人(本猪)が認識しているのかは定かではない。

 このあたりは簡単には言えない問題だが、記事を読む限りでは、どうも全体的に人間中心主義的な描写になっている感が否めない(そして、こうあってほしい、というバイアスがかかっているとみえる)。いずれにせよ「文化」とまで見えた幸島のサルの場合よりもおそらく考察は難しく、慎重にみる必要があるであろう。

 

 もちろん、これは生物研究すべてに言えることである。われわれ自身も生物の一部であるということを考慮すれば、「自然そのもの」(とわれわれが思うところ)と「人間からみて」の間でどこに折り合いをつけるかというのはいつも難しい問題である。生物学は、とてもたくさんの次元を行き来しながら体系を構築せざるをえない。

 ということで、この記事のようにいくらか「結論に走りすぎ」に見えるものについては、まあ科学的な話だと思って読むほうが間違いなのかもしれない。時には話半分のエッセーであり、時にはただの広告である。第三者が何らかの意図があってどうにか思ってほしいだけなのかもしれない(ずいぶんな批判になってしまいました)。

 

 イノシシといえば、むかし山に入った時にイノシシの家族に出会ったことがある。結構近くにいたのだが、向こうはたぶん気づいていなかったので、とくに言葉を交わしたり一緒にお茶を飲んだりということはなかったが、今思い返すとあれはなかなか神秘的な体験でもあったように思う。

 人工物に囲まれた空間で自然の要素が突然あると気味悪く感じるものだが(たとえば部屋の中で見つける虫など)、反対に自然の中に突然人工物を発見すると、それもまたどこか気味が悪い。これはたぶん少なくとも現代人には共通の感覚だろう。だから人は、街中ではよくても富士山ではゴミに過敏になる。

 しかし、そういう「人工/自然」の二元論が無意識に頭にあるからこそ、山でイノシシに出会うのは言わば「自然」の中で「自然」に出会うという構造になっていて、それが何か感覚を刺激するところがあったのであろう。畑を荒らされるだけの付き合いの人もいるであろうが、山の中ではイノシシも別格である。

 

 そういえば「イノシシはまっすぐしか走れないので、突進してきても急に避ければ危険はない」という話があるが、田舎住まいの友人の談によると、山ではむしろ人間の方が地形に慣れていないから、イノシシの方が動けるということらしい。ちなみにここには、「山」という起伏が激しい三次元空間で「まっすぐ」とはどういうことか、という数学的な問題もある。

 

絵巻物に見る日本庶民生活誌 (中公新書 (605))

絵巻物に見る日本庶民生活誌 (中公新書 (605))

 

 余談は続くが、私は本書を読んだ時に初めて「ブタはイノシシを家畜化したものである」ということを知った。たしかに昔の絵巻を見ると、豚と思しき家畜動物はあたかも猪のように描かれているのである。このあたりの歴史の重層性を思えば、言葉によって過去をとらえることの限界を実感する。

 

日本の哺乳類 (フィールドベスト図鑑)

日本の哺乳類 (フィールドベスト図鑑)

 

  ついでに『日本の哺乳類 (フィールドベスト図鑑)』もチェックしてみたが、イノシシが家畜化されて生じたブタが、その後に「野性化」したり何らかの理由でイノシシと交雑したものが「イノブタ」であるらしい。イノシシも忙しいものである。この本はフルカラーながらコンパクトなのでおすすめだ。至近距離での綺麗な写真がたくさん見れる。


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