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フリー哲学者ネコナガのブログ

人間にまつわること、哲学や科学、宗教、社会の問題、生き方のことなど書いています。基本的にエッセイです。

寿命が延びた社会をどう生きるのか(2)最低限の科学的知識

人間・自然・社会

nekonaga.hatenablog.com

 

 「寿命が延びる」ことに関する言説について、前回は社会的な側面から少しみてみた。今回は、社会的な議論に必要不可欠な最低限の科学的知識について少しみてみたい。「科学的知識」は、今ではもはや当の科学からしても「真理」とはみなされていないが、そうは言ってもそれは、人類が「今のところもっとも確からしい知識」に到るために洗練させてきたもろもろの議論と手法の蓄積の上にあるものであり、無責任な情報とはやはりわけが違う。

 

 さて、「寿命を延ばす」こと自体は人類がだいぶ長いあいだ求めてきたことである。しかし、昨今とくにこれが議論されるのは、言うまでもなく、これまでとは根本的に異なる新たな方法の実用化が現実味をおびてきたからである。分野としては「細胞」に注目したものであるが、とくにDNAへの注目、つまり分子生物学の発生以降に積み重ねてきた研究が今になって少しずつ実り始めている感じである。ここでは、近い将来に実現しそうな方法について、大きく二つに分けて考えてみたい。

 一つは、「テロメア」の修復のメカニズムを人類に応用する方法である。これは、着想としては60年代に出始めたものだが、2009年のノーベル医学生理学賞が「テロメア」や「テロメラーゼ」の研究に対して授与されたことからもわかる通り、ホットな研究領域である。そしてもう一つは、身体を構成する細胞を少しずつ人工培養細胞で置き換えていくというものである。こちらは2012年に同賞を受賞した「iPS細胞」等の幹細胞技術と深いかかわりがある。

 「長寿化」ということでいえば、これらはどちらも細胞レベルでの長寿化に重きを置いたものだ。脳そのものの寿命は人間の一般的な寿命よりはるかに長いと言われているが、要するに今のところ人類は脳以外の身体の寿命の方が先にきているので、それを補おうということだ。もっとも、これはつまり物理的制約をやわらげるだけなので、それがただちに寿命を延ばすことにつながるかは別問題だが、ここではとりあえず細胞の話だけに絞ることにする。

 

 まず、前者についてみてみよう。ここではひとまず、大前提として「細胞分裂の回数には限りがある」ということを知っていなければならない。これは「ヘイフリック限界」と呼ばれるもので、今では常識であるが、1961年になってようやく実証されたことだ。要するに、身体の各部位からとった分化後の細胞を培養すると、どこからとった細胞かによってそれぞれ細胞分裂の回数に限りがある、ということをヘイフリックが発見した。

 「こわれた細胞の修復」自体は、人間も自然のメカニズムに則って日常的に行っていることであるが、ともかくその作業によって生体を保つことには「限りがある」とわかったのである。この限界に達すると、細胞はもはや分裂できなくなり、言わば「事前に決められていた通りに死ぬ」ことになる(アポトーシス)。これは、個体レベルでの死を防ぐための細胞レベルでの自殺である。

 

 分裂回数に限りがあることがわかれば、次なる疑問は、それが「どのようなメカニズムで制御されているのか」ということである。これは染色体の末端に位置する「テロメア」と呼ばれる部分に秘密があった。多くの原核生物のDNAが環状であるのに対して、われわれを含む真核生物一般がもっているのは線状DNAである。線状であるからにはつまり、どこかに「端」がある。その末端が「テロメア」であるが、実は、細胞分裂するごとにこの末端部分が少しずつ短くなっていたのである。

 つまり、シンプルに言えば「生物の細胞というものは、テロメアが限界まで短くなると、もはや分裂することはできない」と言える。テロメアは老化時計だったのである。しかし、話はここからである。実は、テロメアが基本的に短くなることには変わりはないが、逆にテロメアが伸長する場合もあるということが次にわかった。これは1980年くらい以降の話であるが、メカニズムとしては「テロメラーゼ」(英語読みではテロメレース)と呼ばれる酵素のはたらきによる。

 簡単に言えば、テロメラーゼ活性のある細胞では、テロメアが言わば「修復」されて分裂回数に限りがこない、つまり「ヘイフリック限界」という概念が適用できないことがわかったのである。こうなると、論理的には話は早いであろう。要するに、何らかの形でテロメラーゼ活性を人間にも応用してしまえばいいのである。それなら「自然の摂理を超越して」細胞を取り替え続けられることになるから、少なくとも細胞レベルでは理論上の不老不死が達成される(副作用は別に対処する必要があるが)。

 もっとも、人間でも幹細胞や生殖細胞ではもともとテロメラーゼ活性があるから(ちなみに、ガン細胞が死なないのもテロメラーゼ活性のためである)、つまり問題は体細胞である。しかし、体細胞でも植物ではテロメラーゼ活性があるし、あるいは人間と同じ脊椎動物においても、魚類やマウス、何となればチンパンジーでもすでに確認されているから、程度はともかく、何らかの形で近い将来に人間に応用される可能性はかなり高いであろう。

 ということで、寿命を伸ばす新技術のうち一つ目の方法は、「人間の体細胞のテロメアを修復できるテロメラーゼをつくる」というものである。あとはそれを細胞にシステムの一部としてうまく組み込めばよい。もちろん、実際にやるとなるとかなりの研究の蓄積(そして予算)が必要であるが、大まかな理論自体はわかってしまえばこのようにシンプルであるから、社会的な議論の前提としてはこれくらい理解しておけば十分であろう。ということで、次に進む。

 

 二つ目の方法は、幹細胞にかかわる技術によるものだ。この分野については山中博士の「iPS細胞」が記憶に新しいが、これは科学的な大発見であったのみならず、「倫理上の問題も克服した」ということで社会的にも大きな意味を持った。それ以前に期待されていた「ES細胞」の技術では受精卵そのものをいじる必要があったので、技術的には可能でも倫理的には議論が落ち着かないという問題があった。

 ご存じの通り、細胞には未分化のものと分化後のものがある。受精卵自体は一つの細胞であるが、そこから発生が始まり、細胞分裂を繰り返してもろもろの役割に特化した各細胞へと分化してゆく。この受精卵がもつ「何にでもなりうる」性質を得るには、端的に受精卵自体をとってくるしかなかったが、任意に採取した細胞にいくつかの遺伝子を加えると、受精卵と同じような多能性(Pluripotency)を獲得することが実証されたのである。これがiPS細胞である。

 これは、技術以前に発想自体がそもそも独創性を持っていた。要するに、皮膚からとった細胞でも、遺伝子をいじれば分化前の初期状態にリセットできたということだ。これはすでに臨床で使われているが、さらに技術が進めば、たとえばこれまでは臓器移植、つまり他人の臓器をそのまま移植することなどが行われていたが(これは身体からすれば異物そのものなので、当然拒否反応も出る)、本人の皮膚からとった細胞で新しい臓器まで作れるようになれば、あらゆる問題が解消されるということだ。

 ちなみに、話が別のところで終わってしまった「STAP細胞」があれほど騒がれたのは、この「いくつかの遺伝子を加える」という作業すらなしに、「外部刺激だけで細胞を初期化できる」とされていたからだ。これは今のところ可能ではなかったようだが(もっとも今後も不可能だと言い切れるものでもないが)、小保方氏の問題は、アメリカの学会での権力闘争だと思えばよい。要するに科学的な議論とはまったく別の話である。

 ともかく、寿命を延ばす二つ目の方法は、こうした幹細胞にかかわる技術を使って、身体の一部が古くなるたびに新品にとりかえるということである。もちろん、最初にも言ったように細胞の入れ替え自体はわれわれの身体で日常的に起きていることであるが、それ自体も言わば「自然」のプロセスの一部であるのに対して、 ここではそれ自体を超越して外部から手を加えるということだ。これで病気が治ったり、寿命を延ばしたりできるなら、確かに人間にとってメリットはあるであろう。

 

 ということで、どんな方法にせよ、こうした技術の実用化が大々的に起こると、これまでのように「所与の条件のもとで」「人生」を送ってきた「人間」というものに、一つの構造的な変革が起こることは間違いがない。なぜなら、こうした技術はつまり、人間が「人間」そのものを操作するということにほかならないからである。それは、いろいろ手を加えてきたにしても「人間である」こと自体は変えられなかったこれまでの状況とは、一線を画すものとなる。したがって話はここからである。

 

 もっとも、ここで紹介したのはあくまでも「細胞」レベルでの話である。われわれが「老化」に抗うのは「個体」のレベルにおいてであって、細胞レベルではない。したがってここで「細胞の集積が個体だ」という論理を暗黙の前提に置くのは多分に議論のあるところであるし(生物学的にすら前提ではない)、「死なない細胞を作る」ことはあくまでも「寿命が延びる」ことへの一つの「きっかけ」となりうるものに過ぎない。

 しかし、それはあえて脇に置くとして、ともかくここで考えてみたいのは、何にせよ「寿命をいじれるほどの技術」の獲得が「人類にとってどういう意味を持つか」ということである。ここには大きく分けて「生物としての問題」と「社会的な問題」の二つがある。これについてみてみたいところだが、またしても長くなったので次回にまわすことにする。次回はきちんと書き終えられることを約束する。

 

老化はなぜ進むのか―遺伝子レベルで解明された巧妙なメカニズム (ブルーバックス)

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幹細胞と再生医療 (サイエンス・パレット)

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