フリー哲学者ネコナガのブログ

人間にまつわること、哲学や科学、宗教、社会の問題、生き方のことなど書いています。基本的にエッセイです。

ドローンは野性動物にとってストレス源となるか─動物保護と逃走距離

natgeo.nikkeibp.co.jp

 

 ドローン(無人航空機)の利用範囲がどんどん広がっている。企業による利用も今後は必然的に拡大してゆくだろう。あるいは動物保護にも利用可能であり、上空から監視を続けることで、個体数や生息域のデータをとったり、密猟者を早期発見したりできる。もっとも、「ドローン」などという概念を未だ知らない動物たちからすれば、ドローンの存在自体が負の影響を及ぼす可能性がある。

 

 上の記事によれば、学術誌「Current Biology」に掲載された論文によると、上空にドローンが飛んでいる時のクマの心拍数をはかったところ、ほぼすべての場合で有意に上昇したということらしい。ちなみに日常語とは違うので一応説明しておくと、統計において「有意」というのは、「確率的に偶然とはいえない」、あるいは観測による「誤差ではない」ことを示す。これも先に基準を定めるから、結果だけ見て意味があるかないかを勝手に決めることはできない。

 つまり、「ドローンが飛んでいればクマの心拍数が上がる」という因果関係自体は、少なくとも科学的に確からしいわけである。問題は、それがクマにとって「ストレス」かどうか、というところにある。記事によれば、「ストレスだ」とすでに主張する人と、もっと実証的にストレスホルモンである「コルチゾール」のレベルを調べろ、という人があるという。確かに、コルチゾールのレベルでデータが出ればなかなか反論できないであろう。

 

 もっとも、こうした議論においては常に、「科学的言説」と「社会的言説」を分けて考える必要がある。議論が社会的なレベルになると、表面上は科学的なことを言っているようで、実質は科学ではなくもっぱら自身の権益保持が関心ごとである場合があるからである。今回のケースについては定かではないが、ある方向で何かが進めば「それによって誰が儲かるのか」ということは、資本主義社会ではあらゆる議論において常に頭に置いておく必要がある。

 

 話を科学に戻すと、参照記事では言っていないが、これについて議論するなら「逃走距離」という概念を知っておくべきであろう。これは動物園生物学の父といわれるヘディガーが提唱したものだが、動物(とくに脊椎動物)には「逃走距離」というものがある。これは、同種間での「個体距離」や「社会距離」と違って、「別種」間での距離感に注目したものだ(ちなみに人間も含めてこれを一般化したエドワード・ホール『かくれた次元』という名著もある)。

 要するに、「異なる種の」動物が入ってきたら逃げるような一定の範囲がそれぞれの種ごとにあり、動物たちはお互いにそれを侵犯しない距離感を保っているということである。ちなみにこの内側には、もはや逃げ切れないと判断して防衛体勢に入る「防衛距離」があり、さらに近い「臨界距離」となると、これはもうなんでもありの攻撃に出る。山でクマに襲われるのはいきなり「臨界距離」に入った時で、だからもっと遠くにいる段階で相手が気づくように鈴を鳴らして歩くのである。

 

 ともかく、動物園での動物がストレスを感じやすいのは、こうした距離感が保てずに慢性的に緊張状態にあるからだ、というのがもともとのヘディガーの説である。ということは、ドローンがますます飛ぶようになると「人間(+人間が作り出したもの)のテリトリー」が広がって、野生動物でも同じ問題が起こる可能性が充分にあるということだ。無人機とはいえ、動物からすればドローン自体が「未知の敵」だから、依然として警戒するのに変わりはないのである。

 もちろん、こうした警戒のメカニズム自体は野性下ですでに他の種の動物たちに対してはたらかせていることであるが、問題は動物園の場合と同じく「恒常的に」そのような状態に置かれるようになった時である。資本主義の論理でもドローンが広がるとなればなおさら、むやみに数が増えて、動物への影響はまぬかれえないであろう。なにしろいったんマネーがからんでくると、徹底的に人間中心主義的であらざるをえない。このあたりのこともそろそろ、長い目でみて議論しておく必要があるであろう。

 

文明に囚われた動物たち―動物園のエソロジー

文明に囚われた動物たち―動物園のエソロジー

 

 

かくれた次元

かくれた次元

 

 


© 2015 ネコナガ (id:nekonaga)
Amazon.co.jpアソシエイト