フリー哲学者ネコナガのブログ

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人を動かす「フレーム理論」とは─George Lakoff『Don't Think of an Elephant!』

nekonaga.hatenablog.com

 

 以前、上の記事で「フレーム理論」(framing theory)について触れたが、これについて関連本をとりあげつつ、もう少し解説してみようと思う。

 

 「フレーム理論」は、人間の認知的性質に根差したものだ。簡単に言えば、人間は場面ごとに、特定の「フレーム」をベースに物事を認識したり、特定の行動を起こしたりしている。これは、認知科学や人工知能研究のベースとなる考え方だ。

 

 たとえば、「バスに乗る」というフレームを考えてみよう。もしあなたがバスに乗れるなら、それは「バスに乗る」フレームを持っているということだ。

 バスに乗るにはまず、乗りたいバスがやってくるバス停で待っていなければならない。そして、特定の時間になるとバスがやってくる。そこでバスに乗る。次に、降りたいバス停の近くになると、ボタンを押して降りたいことを知らせる。到着すると、お金を払って降りる。

 これが「バスに乗る」というフレームだ。「何を当たり前のことを言っているんだ」と思うかもしれないが、この一連の手続きがワンセットになった「バスに乗るフレーム」を持っていないと、バスに乗ることはできない。そして、このフレームからはずれると、うまく行動することができないのだ。

 

 たとえば、上に書いたのは日本の一般的な路線バスの例だが、海外に行けばこのフレームがあてはまらない場合もある。時間通りにバスが来ないこともあるし、降りる時ではなく乗るときにお金を払う場合もある(日本でも東京含む一部地域では乗る時に払う)。その場合は上の「バスに乗る」フレームは使えないし、ふさわしいフレームを新たに獲得するまでは、スムーズに行動できないということになる。

 もしくは、「バス」という概念すら知らない人がいたとしよう。その人からみれば、あなたが待っていれば何かがやってきて、乗り込んで、降りたら行きたかった場所についているということで、まるであなたは魔法使いだ。これは、われわれがタイムマシンを使いこなしている人を目撃するのと同じような感覚だと思えばいいだろう。知らないことは、たとえ目の前で起こっていても認識できないのである。

 

 このように、われわれの認識や行動は基本的に「フレーム」に基づいている。だからこそ、「認識力」を高めるには、新たな知識を習得するしかないのだ。また、フレームを意識すれば、誰かの行動を先読みすることが簡単になる。いまその人がどんなフレームで動いているかがわかればいいからだ。逆に、いわゆる「ジェネレーションギャップ」や「カルチャーショック」は、相手のフレームを知らないことによって起こる。

 

 では、これを「言語」についてみてみることにしよう。ここでとりあげるのはジョージ・レイコフの『Don't Think of an Elephant!』(象を思い浮かべるな!)だ。レイコフは認知言語学の創始者の一人で、メタファー理論が有名であるが、本書は政治的な発言を行う際のバイブルとも言えるものだ。簡単に言えば、人間の認識はほとんど言語に規定されているので、言語を操作することによって認識を操作できるということである。

 

 たとえば、まずタイトルの謎解きをしてみよう。訳しても問題ないので、日本語で話を進める。タイトルは『象を思い浮かべるな!』だが、この言葉は認識をどのように操作するのだろうか。

 一言でいえば、「象を思い浮かべるな!」と言われたら、必然的に「象を思い浮かべてしまう」ということである。これは普通に考えるとおかしい。なぜなら、「思い浮かべるな」というのがそこでの命令だからだ。しかし、「思い浮かべろ」と言われた場合と同様、「思い浮かべるな」と言われても思い浮かべてしまう。なぜかというと、「象」という言葉がその文の中に入っているからである。

 これがフレーム理論の基本だ。なぜこんなことが起こるかというと、無意識には言語が通じないからだ。よく言われるように、人間の「意識」というのは「無意識」の領域に比べたらほんの些細なもので、大部分は無意識によってわれわれは動いている。そして、何はともあれ「無意識」には言語コミュニケーションは通じないのである。

 かわりに、大まかに言えば無意識は「イメージ」によって認識する。だから、肯定しようが否定しようが、伝わることが同じになってしまうのだ。なぜなら、文そのものに「象」という言葉が入っているからである。もしあなたが「象」という概念を知っていれば、「象」という言葉があった瞬間に「象を思い浮かべてしまう」。文の意味を理解した時点で、象は思い浮かべられてしまったのだ。

 

 ということで、自分にであれ他人にであれ、認識を規定するには「イメージ」を刷り込むことが大事だということがわかるだろう。つまり、どういう言葉を「使うか」、そして「使わないか」が重要なのだ。たとえば、本書であげられているリチャード・ニクソン元大統領の例をあげてみよう。

 ニクソン元大統領は、ご存じの通り「ウォーターゲート事件」によって、任期中に大統領を辞職した唯一の大統領だ。その真相についてはともかく、事件が発覚したあと、ニクソンは「I'm not a crook!」といった。

 


Richard Nixon - "I'm not a crook" - YouTube

 

 「crook」はここでは「ペテン師」とでも言えばいいだろう。つまりニクソンは、「私はペテン師ではない!」と言ってしまったのだ。それ以来、ニクソンは「ペテン師」と呼ばれるようになった。なぜなら、聞いていた人の頭の中で「ニクソン」と「ペテン師」のイメージが結びついてしまったからだ。ニクソンは、「ペテン師ではない」と主張したことによって、「ペテン師」と認識されるようになってしまったのである。

 

 これが、フレーム理論だ。

 

The All New Don't Think of an Elephant!: Know Your Values and Frame the Debate

The All New Don't Think of an Elephant!: Know Your Values and Frame the Debate

 
The ALL NEW Don't Think of an Elephant!: Know Your Values and Frame the Debate

The ALL NEW Don't Think of an Elephant!: Know Your Values and Frame the Debate

 

  残念ながら、『Don't Think of an Elephant!』は邦訳が出ていない。私は最初キンドルで読んだが、去年新装版が出た時にペーパーバックを買った。新版では中身が少し変わっているが、フォーマットはお好みで。ぜひ読んでおこう。

 

心の社会

心の社会

 

 邦訳文献なら、「フレーム理論」の元祖であるマーヴィン・ミンスキーの『心の社会』でふれられている。


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