フリー哲学者ネコナガのブログ

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『南方熊楠─日本人の可能性の極限』唐澤太輔─自由奔放とはなにか

 唐澤太輔『南方熊楠 - 日本人の可能性の極限』を読む。

 

 南方熊楠(1867~1941)は、つかみどころのない人物である。私ははじめ「民俗学者」として知ったのだが、民俗学一つとっても何の研究をしているのかよくわからなかった。のちに「菌類」の研究をしていたことを知って民俗学者が一面に過ぎないことを知ったのだが、博物学的なところもあり、また性やオカルトについて考えていたり、客観的にみれば関心が広い人物だ。

 そういえば以前に熊野へ行った時、唐突に「南方熊楠の家」を見つけて、友人とともに「南方熊楠の家があるぞ!」と驚いたものだったが、しかしなんでそこに家があるのかその時は知らなかった(自然と一体になろうとした時期に住んでいた家のようだ)。たぶん今でも、ふつうに那智滝を目指していけば探さなくとも見つかるはずである。

 

 さて本書は、南方熊楠その人についての格好の入門書と言ってよく、「つかみどころのない」熊楠の実像を浮き彫りにさせながら、なんとかつかみどころのある形で提示したものだ。あるいは熊楠には逸話の類も多いが、その謎解きも丁寧に行われている。作り話も多いが、多くの本の内容を暗記したり、五指に余る言語に精通したり、粘菌標本をキャラメルの箱に入れて昭和天皇に献上したのは本当だ。

 

 基本的に時系列で伝記のように書かれているが、熊楠は幼少時代から周囲と調和せず、自らの興味だけを追究する人であったようである。それが熊楠を熊楠たらしめていたものなのだろう。誰もやっていない研究をやっていたが、論文もほとんど書いていない。学校にも適応していなかったそうだが、やっていることは学者ながら、学会や大学に所属することは生涯なかったそうだ。

 簡単にまとめておくと、青年期の熊楠は、最初にアメリカに留学している。もっとも著者の推察によれば、これは兵役をまぬかれる意味もあったという。学校にすら適応しない熊楠が、軍隊でやっていけるはずがない。商売をやっていた父親からすれば、周りに迷惑をかける前に海外に出しておけということらしい。しかしアメリカで入った商業の学校はすぐにやめている。

 その後、農業学校に入りなおしているが、アメリカでの学問の「レベルの低さ」に落胆した熊楠は、銃を一挺もってキューバへ旅している(当時スペイン領で、独立戦争の休戦期)。結局、アメリカを離れた熊楠は、今度はイギリスへ渡る。イギリスには当時すでに学問の蓄積があった。ここでは図書館に出入りして、かなりの本を読んで研究を進めていたようだ。

 ちなみにイギリスに到着してすぐ父親の訃報を受けとっているが、そのとき、「学問と決死すべし」と書いている。熊楠は、自らの興味を追究する姿勢を生涯曲げることがなかったとみえる。その「結果」がいろいろな分野に現れただけなのだろう。興味に没頭している熊楠にとって、外から見えることはすべて「結果」なのである。しかし、こういう生き方をしていると人は向こうから集まってくるもので、私費留学だった熊楠を助けた人物は多く紹介されている。

 

 そんな熊楠であるが、「自由奔放であること」は、「自己中心的であること」とはまったく異なる。本書に紹介されている熊楠の言行から読み取れるのは、また一面で徹底した「平等主義」の思想でもあるのだ。たとえば帰国の前年、イギリスは資源獲得のためにトランスヴァール共和国とオレンジ自由国両国との間で「ボーア戦争」をはじめるが、熊楠はこれに反対している。

 実は、この時期の熊楠はすでに経済的に困窮していたのだが、そんな折、日本学の講座を開設するから助教授にならないかという話がケンブリッジ大学からあった。イギリスの状態がよければ、熊楠はロンドンで研究を続けることができる。しかし、熊楠はそんなことよりも、遠く離れた人々が圧迫されることに反対していたのだ。結果的に戦争は長引いて話は立ち消えになり、熊楠は帰国することになる。

 あるいは柳田國男にあてた書簡では、「白人には白人の長所あり、東洋人には東洋人の長所あり、一を執って他を蔑し、一を羨んで他は絶望すべきにあらず」と書いている。これは、とにかく全体性を重視する熊楠のスタイルにも通ずることだ。こうした発想は、作られたフィルターを通してではなく、「自らの興味」によって世界をみているからこそ可能なのである。

 

 学問ということでいえば、熊楠の先見性をあらわしているのは、「物」でも「心」でもなく、それらが交わるところにあらわれる「事」をこそみるべきだという発想である。今では当然だが、たとえば西洋では長いあいだ、物と心はまったく別個の世界に属するものと考えられ、したがって「真の科学」は心を持ち込まず「客観的世界」を追究すべきだとされていた。しかし、現実は全体で一つなのだと、熊楠は知っていたのだ。

 それにも通ずるが、熊楠には「対象に没入して理解しようとする」クセがある。しかし、一方で自制心も持ち合わせているのがまともなところだ。イギリスでオカルティズムにふれていたこともあって(イギリスはオカルト発祥の地である)帰国後の那智時代に神秘的な思想に没入しかけるのだが、「変態心理の自分研究ははなはだ危険なるものにて、この上続くればキ印になりきること受け合いという場合に立ち至り…」としてやめている。つまり、自分を客観視できているのである。

 

 本書を読めば「南方熊楠」が、単なる「奇人」や「変人」ではなく、尊敬すべき人物だったことがわかる。そして「才能」とは、興味を追究する姿勢を曲げない時にあらわれるものなのであろう。熊楠をそんな熊楠としてわかりやすく描き出した本書は熊楠入門としておすすめできる。

 

南方熊楠 - 日本人の可能性の極限 (中公新書)

南方熊楠 - 日本人の可能性の極限 (中公新書)

 
南方熊楠 日本人の可能性の極限 (中公新書)

南方熊楠 日本人の可能性の極限 (中公新書)

 

 

南方マンダラ (河出文庫)

南方マンダラ (河出文庫)

 

  本人の文章が読みたくなったら、手に取りやすいものとして「南方熊楠コレクション」が河出文庫にある。平凡社の全集を底本として91年に刊行されたものだが、今年新装版が出た。


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