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フリー哲学者ネコナガのブログ

人間にまつわること、哲学や科学、宗教、社会の問題、生き方のことなど書いています。基本的にエッセイです。

保守主義とはなにか─『新訳 フランス革命の省察』エドマンド・バーク

書評と本の紹介

 エドマンド・バーク『新訳 フランス革命の省察―「保守主義の父」かく語りき』を読む。2011年に出たものだが、当時買い逃していたのを再び見かけたので買ってみた。いわゆる「保守主義」の古典である。安保法制で安倍政権の暴走が散見される中、「保守主義」を見直しておく必要がある。

 

 『フランス革命の省察』の訳本はこれ以前にもいくつか出ていたが、本書が特徴的なのは「抄訳」であることだ。一般に抄訳は望ましくないが、本書は話が違う。というのも本書におさめられている文章は、もともとバークが手紙として書いていたもので、つまり本の体裁をとっていなかったからだ。したがって全訳は読みづらい。

 しかし、本として論点を整理したかったとバーク自身が書いているので、本書はそれを実現したものだということだ。一読して非常に読みやすく、ふつうに本としてまとまっている。

 

 さて、最初に確認しておくと、「保守主義」とは単に伝統をかたくなに保持することではない。なぜなら、「伝統」には「いい伝統」と「悪い伝統」があるからだ。その判断が変化するのはもちろん社会が変化するからで、われわれは常に、「いい伝統は残して悪い伝統は変えてゆく」必要があるのである。これが保守主義の基本だ。

 

 タイトル通り、本書はフランス革命について考えたものであるので、タイムラインをおさらいしておこう。一般にフランス革命は、1789年のバスチーユ襲撃に始まるとされる(ちなみに「バスチーユ」は「監獄」という意味なので「バスチーユ監獄」というのは微妙な表記だ)。7月14日なのでちょうど数日前で、ところどころニュースに出ていた。

 その後、1793年にルイ16世がギロチンにかけられるが、実は原著の刊行は1790年で、これにすら先行している。革命後の歴史はその後もしばらく混乱するから、つまり本書が刊行されたのはフランス革命の真っ只中においてであり、扱っているのは最初の最初だけだということだ。それにもかかわらず今では「名著」であるから、バークの洞察はとても鋭かったといえるだろう。

 つまり、バークは急進的な社会の変革、「革命」なるものが結果的には何をもたらすかをいち早く見抜いていたのである。言いかえれば、「革命」は成功しない(なぜなら、それは変革ではなく破壊であるから)。その後の顛末についてはマルクスの『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』が名著だが、一念発起して王の首をとった民衆は、新しく社会をどのように運営するかについてまったく無知であった。

 そして恐怖政治がおこり、最終的にはポピュリズムによって、「ナポレオンの甥であるということ以外に何者でもなかった」ルイ・ボナパルトが権力を握るのである。要するに、いったん死んだ生命のパーツを組み合わせても元には戻らないように、「秩序」はいったんこわすと一から作るのはほぼ不可能だということだ。社会は「見えているもの」だけから成り立っているのではないのである。人知には限りがある。

 

 本書の問いは、フランス革命のような出来事は「あの時あの場所に固有の出来事なのか、それとも歴史において繰り返されることなのか」とまとめることができるだろう。つまり、「革命は普遍的なものか」。バークの意図としては「ノー」だ。そもそもバークはイギリス人だが、革命の余波がイギリスにやってくるのを牽制する意味でこれを書いているのである。

 バークは、日常生活では目に見えないが、大きな絵で見ると社会を成り立たせているものが確実に存在していると考える(それは文脈によって「国体」とか「イデオロギー」とか呼ばれる)。では、イギリス社会を成り立たせているものとは何か。一例としてバークは「王制」をとりあげている。皮肉交じりだが、引用してみよう。

 

 「この革命精神というやつ、イギリス本来の風土とは縁もゆかりもないにもかかわらず、フランスに持ち込まれる際にはわが国の特産品のごとく謳われる。そして『自由と進歩』とやらによって加工されたあげく、今度はパリの最新ブランドとしてイギリスに運び込まれる次第である。

 イギリス人は、試着もせず流行のファッションに追随するようなことはしないし、試着してみて着心地の悪かったファッションをあらためて引っ張りだすこともない。世襲による王位の合法的継承は、わが国の欠点ではなく美点なのだ」(p.52-53)。

 

 フランスでは王が倒されたが、イギリスは王制を保持することを選んだ。イギリスから王がいなくなって「共和国」となったのは、ピューリタン革命から名誉革命までの短い期間だけだ(これを「革命」と呼んでいるのは半ば後付けである)。それ以来、現在に至るまでイギリスには王(女王)がいる。バーク風に言えば、イギリスは革命をちょっと試着してみてやめたのである。

 このあたりの「中庸」の精神がイギリスの伝統だ。つまり、議論を尽くして判断を繰り返す。事実、名誉革命後には議会が「権利章典」を提出して、すぐに議会政治の基礎を確立している。その後、成文憲法なしの慣習ベースで民主主義を発展させてきたことからすると、王制を「選択している」という意識はイギリス人の中にしっかり根付いているといえるだろう。つまり「自分たちが何をやっているのか」を理解しているのである。

 ただし、バークは(必死なので)ちょっと辛口ではあるが、「革命」を無批判にしりぞけているわけでもない。このあたりが「保守主義」の真骨頂だ。バークは「すべては具体的な状況に即して判断されねばならない」と書いている。何事も、両極端を見極めたうえで最善と思われる道をとるべきなのである。したがって場合によっては革命も「あり」かもしれない。しかし、バークが強調しているのは「あの時のフランスはそんな状況ではなかった」ということだ。

 その意味では、「保守主義」という言葉はやはりちょっとややこしい。保守ときいて一般にイメージされるのは「伝統主義」(よい・悪いの判断なく、伝統であれば保持する)だからだ。本来は、冒頭に書いたように「判断」を重視するのが保守主義の基本であり、言いかえれば、主義を持たないのが保守主義だ。常に熟議と判断を怠るべからず、なのである。

 

 最後に、フランス革命といえば「右翼・左翼」という概念もそこで生まれたものだが、これもただのレッテルなので注意が必要だ。右翼か左翼かは具体的な問題ごとに「結果として」決まるのであり、「であること」に固執するのは本末転倒である。一般に、右翼は現行の社会を「よいもの」とみて左翼は「改善すべきもの」とみるとか、右翼は「目に見えないもの」を重視して左翼は「頭で考えられること」を重視するとか言われるが、右翼や左翼に「本質」があるという考え自体が誤りなのだ。

 

 さらにちなみに、フランス革命の精神は「自由・平等・博愛」とされることがあるが、最後の「博愛」は誤訳だ。もとの語は「fraternité」で、これは英語の「friend」と同語源であり、対象が限定的である。正しくは「友愛」と訳されるが、「友を愛する(友以外は愛さない)」ということで、「博愛」ではない。

 

新訳 フランス革命の省察―「保守主義の父」かく語りき

新訳 フランス革命の省察―「保守主義の父」かく語りき

 
[新訳]フランス革命の省察 「保守主義の父」かく語りき

[新訳]フランス革命の省察 「保守主義の父」かく語りき

 

 キンドル版もあるが、新書サイズ なので通勤中にも読める。

 

ルイ・ボナパルトのブリュメール18日―初版 (平凡社ライブラリー)

ルイ・ボナパルトのブリュメール18日―初版 (平凡社ライブラリー)

 

  「ヘーゲルはどこかで、すべての偉大な世界史的事実と世界史的人物はいわば二度現れる、と述べている。彼はこう付け加えるのを忘れた。一度は偉大な悲劇として、もう一度はみじめな笑劇として」(p.15)がよく引用される。岩波文庫にも入っているが、読みづらいのでこちらがおすすめ。柄谷行人による解説も独自の価値を持っている。


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