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フリー哲学者ネコナガのブログ

人間にまつわること、哲学や科学、宗教、社会の問題、生き方のことなど書いています。基本的にエッセイです。

『民法はおもしろい 』池田真朗─「民法」は守る必要がない

 池田真朗『民法はおもしろい』を読む。

 

 「民法」についてとりわけて学んだことはないのだが、新書をいくつか見てよさそうなものが本書だったので読んでみた。タイトル通り、民法のおもしろさをよく伝えている本である。著者の人生は民法一筋で「民法への愛は誰にも負けない」そうである。どんな分野であれ理解したければ、おもしろがっている本人に話をきくのがいちばん早い。

 

 「民法への愛」とは言っても、ここで言う「民法」はもちろん書かれた民法典ではなく抽象的概念である。書かれた民法なら社会が変われば変わる。しかし、「民法」の精神は死なないのである。著者によれば、民法の本義は「意思による自治」にあるという。これは、とても簡潔でわかりやすいまとめ文句である。

 

 現行の日本の民法典は、大きく5つに分かれている。第一編が「総則」、第二編が「物権」、第三編が「債権」、そして第四編が「親族」、第五編が「相続」である。このうち、最初の三つをまとめて「財産法」、あとの二つをまとめて「家族法」と呼ぶ。つまり日本の民法とは「財産」と「家族」に関する法であるから、まさしく「民法」と言えるだろう。

 

 「刑法」と違って「民法」の特徴は、罰則規定がないことにある。つまり、民法によって逮捕されることはない。これは大前提である。しかし、したがって「民法は守る必要がない」と言う。どういうことか。

 著者の言葉を使えば、要するに刑法は「社会的に何を許してよいのか」という問題であるのに対して、民法は「いかに他人に迷惑をかけずに自由を享受できるか」という問題なのである。これはつまり、刑法は当該社会の「社会規範」に根差している消極的な規定なのに対して、民法の方は「自由」の落としどころを画定しようとする「積極的な」規定だということである。これが、「意思による自治」の「意思による」の部分の意味である。

 もっとも、すべての法は人民が作るものだから、刑法とて人民の意思に根差している点には変わりはない。社会学の創始者の一人であるデュルケムは「人々は、犯罪だからそれを怖れるのではない、人々がそれを怖れるから犯罪なのである」と言ったが(『社会学的方法の規準』)、民主主義における「法」は何であれ、根本的には人民の意思(つまり憲法)の具現化である。

 しかし、先にみたように民法には「罰則規定がない」という特徴がある。これは結局、現代社会の大原則である「自由と自己責任」の問題に帰着する。つまり、仮に「民法に照らせば」自分にとって不利益となる行動をしていたとしても、それによって不利益を被った誰かが「民法に照らさない限り」何も起こらないのである。要するに、誰かが訴えを起こさなければ「問題」として扱われない。

 刑法の場合は、実際に誰かの迷惑になったかどうかにかかわらず、ある行為を行ったというだけですなわち罰則がある。しかし、民法では最も基本的なところで判断が各当該「個人」の判断に任されているのである。つまり、個人の「自由」が構造的に担保されている。これが、「意思による自治」の「自治」の部分の意味である。社会的な「自由」は、本来的に個人では実践できないものなのである。

 

 そう思えば、余談だが、こんな問題を出すことができる。「憲法」「刑法」「民法」のうち、国民が守らなければならないものはどれか。

 

 答えは、「どれも守らなくてよい」である。厳密に言えばそうなる。なぜなら、「民法」は上に述べた通りだが、「憲法」は、それに違反できるのは「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員」だけであり(日本国憲法第九十九条)、「刑法」については、違反できるのは「裁判官」だけだからである。これはもちろん、そういう政治制度をわれわれが選択しているからだが、「法とはなんとおもしろいことか!」。

 

 

 ついでに、法学と言えばむかし読んで感動したのは末広厳太郎氏の文章である。読みやすくまとめられたものが岩波現代文庫に入っているが(『役人学三則』)、私は同書を読んではじめて、法律が「目に見えない」ものであることを知った。それは、書かれた文章の向こうに意味がある、という話ではない。是非とも同書を読んでいただきたいが、ともかく「本物の裁判官」とは、とてつもない人物なのだということである(残念ながら、そういう人物が実在するかは別の話であるが)。

 

民法はおもしろい (講談社現代新書)

民法はおもしろい (講談社現代新書)

 
民法はおもしろい (講談社現代新書)

民法はおもしろい (講談社現代新書)

 

 

役人学三則 (岩波現代文庫)

役人学三則 (岩波現代文庫)

 

 


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