フリー哲学者ネコナガのブログ

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『ドーキンス博士が教える「世界の秘密」』─リチャード・ドーキンスのユニークさ

 リチャード・ドーキンス著『ドーキンス博士が教える「世界の秘密」』を読む。「○○博士の」という邦題は流行っているのかもしれないが、著者名の横にタイトルがあるとなんだか滑稽だ(原題は『The Magic of Reality: How we know what's really true』)。

 

 ドーキンスは本書を子供向けに書いており、したがって広く浅く科学のトピックを扱っている。ドーキンスによる科学的思考への招待とも言えるだろう。私は先にペーパーバックで読んでいたのだが、邦訳版はハードカバーの方が訳されたようで、フルカラーで大判になっている。そのぶん値段も高いのだが、全ページにイラストがあり、絵本か図鑑のような体になっている。読んでいるとゴンブリッチの『若い読者のための世界史』を思い出したが、それの科学バージョンだと思えばいいかもしれない。

 ドーキンスの翻訳本はやはりドーキンスの神経質な雰囲気をよくあらわしている垂水雄二氏のものが私は好きだが、一方でそうした文体は入り込まないとすらすら読みづらかったのは確かで、本書も含め最近はですます調のものも増えて手に取りやすくなっているようだ(本書は大田直子訳)。こうなるとドーキンス独特のクセは少し失われるが、かわりに読者層が広がったと言えるだろう。そもそもドーキンスが子ども向けの本を書いたのも、おそらくそれが理由だ。

 

 もともと動物行動学者・進化生物学者のドーキンスの著作で最も有名なのは『利己的な遺伝子』だが、サイエンスライターとして世界的に認識されてからというもの、ドーキンスの発言の影響力はご存じの通りだ。有名なものとしてスティーヴン・ジェイ・グールドとの進化論をめぐる論争があるが、そこでは進化論という枠組みは共有されていたのに対して、もっと有名なのは進化論そのものを否定するキリスト教勢力との論争だ。

 

 Youtubeには、クリスチャンとのこんなやり取りがある。


聴衆の質問に冷徹に回答するリチャード・ドーキンス - YouTube

 

 敬虔なキリスト教の信者として生きてきたと思しき人物の質問に対し、「あなたの信仰が誠実なものであることは疑いませんが、私は、あなたは幻覚状態にあると思います」と言い切っている。好みは分かれるだろうが、公の場でもこれだけ断固として科学的態度を貫き、神への信仰をしりぞける稀有な姿勢は、少なくとも注目しておいて損はないだろう。

 世界中でベストセラーとなった『神は妄想である』はこのブログでも以前にほんの少しだけふれたが(宗教とは何か(2)少なくとも宗教は「信じる」ものである)、結局ドーキンスが言いたいのは、「たまたま植えつけられた根拠のない認識体系の中で生きるのはおかしい」ということだ。そこに一石を投じるには、科学的あるいは合理的な思考しかないのである。

 

 さて、本書においてもその(1)確かめられる証拠だけから判断する(2)宗教の論理に真っ向から反論する、というドーキンスの態度はつらぬかれている。本書は各章がそれぞれ素朴な疑問への回答という形になっているのだが、特徴的なのは、いきなり科学的な話をするのではなく、疑問に対する回答として先に世界各地の神話による説明を紹介している点である。

 その意味でおもしろいのは原子の構造を扱っているトピックで、その章だけ「微小なものについて語っている神話はみつからなかった」として神話がとりあげられておらず、古代哲学の原子論から始まる。そして「神が全知全能だとしたら、こんなに重要な知識が聖書でまったくふれられていないのはなぜだろう」と皮肉交じりにやっぱり無神論的態度を示しているのである。

 

 もっともドーキンスのキャラクターはさておき、本書が啓蒙書として優れている点は、「たとえ」がとてもわかりやすいことである。たとえば、サッカーボールから25メートル離れたところでコショウを一粒落とせば地球の大きさと太陽からの距離をあらわしているとか、魚からあなたになるまでの祖先がすべてハガキにプリントされているとしたら、ハガキを積み重ねるとニューヨークの高層ビル180本分になるだとか、スケールの差を行き来するたとえに長けている。

 そして、自分でもわからないところはわからないとはっきり言いつつ(そう明言しているのは素粒子物理学についてである)、わかっていることだけを明晰に説明している。それ自体が一面で科学的態度なのであろう。結果的に扱うトピックは、進化論や遺伝学はもちろん、原子論、天体の運動、地震、気候など、いい意味で本当に「広く浅く」である。そして最後には「奇跡」を扱っているが、結論は「結局、現実がいちばん不思議だ」ということであった。

 

 ドーキンスの本は、一冊は読んでおくことをおすすめする。

 

ドーキンス博士が教える「世界の秘密」

ドーキンス博士が教える「世界の秘密」

  • 作者: リチャード・ドーキンス,デイヴ・マッキーン,大田直子
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2012/12/19
  • メディア: 大型本
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