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フリー哲学者ネコナガのブログ

人間にまつわること、哲学や科学、宗教、社会の問題、生き方のことなど書いています。基本的にエッセイです。

『なんでもホルモン 最強の体内物質が人生を変える』伊藤裕─身近な物質のはたらきを知る

書評と本の紹介

 けっこう話題の伊藤裕著『なんでもホルモン 最強の体内物質が人生を変える』を読む。

 

 多くの人にとって「ホルモン」は、理解しているようでうまく説明できない言葉である。あまり勉強したことがない人からすれば、「ホルモン焼き」の「ホルモン」と関係があるのかないのか微妙なところであろうし、ひどい場合は「フェロモン」と混同していたりする(答えを言えば、ホルモン焼きとは微妙な関係であり、フェロモンとはまず分泌先が体内か体外かという点で大枠が異なる)。

 そもそも「ホルモン」はギリシア語の「hormaein」に由来しており、「興奮させる」を意味する言葉であるが、一言で言えば「細胞間での情報伝達」を担う物質である。人体において100種類以上が作用しているが、著者がまとめているように、それぞれに固有のはたらきを通して「身体=心」の「場面転換」を担うものであると言えるだろう。

 

 おそらく「ホルモン」がわかりづらいのは、多くの場合は解説する側が個別の作用や成分に注目しすぎているからである。なじみがない人にとっては、「そもそもホルモンとは何なのだ」というのが知りたいところであるが、いきなり個別の説明をされてもわかったようでわからないことになるし、かといって医学部生が読むようなものをみてみると、登場する用語に臨場感がない素人にとってはとても読めたものではない。

 その点、本書は「ホルモン」についての「なんとなくの全体像」をつかむための良書である。第一章で「ホルモンの世界」の全体像が示されたあと、第二章で「代表的ホルモン」について解説され、第三章が実践編、ということで順序良く学べる構成となっている。人によっては本書の「たとえ」は「行き過ぎている」と感じるかもしれないが、門外漢にとってはこうしたすっきりした文章はとてもありがたい。

 

 また、もう一つ親切なのは、ホルモンは(基本的には体内で作られるとはいえ)外から摂取することもできるが、「食べても作用するホルモン」と「口から入れても作用しないホルモン」の区別をしっかり解説しているところである。これはホルモンに限らないが、様々な健康法やサプリメントが氾濫している現代では、謳われている効果が確からしいものなのか「こじつけ」なのかは自分できちんと考えねばならない。

 ホルモンについて言えば、大きく分けてコレステロール由来のものとアミノ酸由来のものがあり(こちらが大部分である)、前者は化学的構造がしっかりしているため「食べる」形で外から取り入れてもそれなりに作用するのだが、後者はすぐに分解されてしまうため、口から摂取してもホルモンの量が増えるわけではない(だから注射する)。このあたりは知っておいて損はないであろう。

 

 個人的におもしろかったのは、あまり知らなかった各種ホルモンの発見の歴史である。世界で最初に発見されたホルモンは「アドレナリン」であり、発見者は日本人の高峰譲吉であるそうだが、このアドレナリンを含む「古典的ホルモン」の類は血管中をめぐることで作用するもので、これらが「古典的」と呼ばれるのは、このような形以外で分泌されるホルモンがのちに見つかり始めたためである。つまり、言わば人間によって発見された時期が「古い」。

 ところがおもしろいのは、「進化の過程」つまり「生物が発明した順」で言うと、これら「古典的ホルモン」のほうがむしろ新しいということである。血管中をめぐるということは生成する場所からは遠くの細胞に作用するわけで、近くの細胞にそのまま働きかけるものより複雑性が上がっているから考えてみれば当然なのだが、このあたりの「科学という営為」によって生じる認識の「盲点」は他にもたくさんあるのではないかと考えてしまう。

 

 

 ただ、本題とは関係ないところであえて指摘しておきたいのは、「人種」という言葉の無批判な使用である。これは今でもあまり知られていないが、著者はなぜか「日本人」「韓国人」といった「国民」のカテゴリーを指して「人種」と呼んでいたりもするから、せっかくなので「ホルモン」という言葉とともに「人種」という言葉についてもこの機会にクリアに理解しておくとよいのではないかと思う。 

 「人種」とは、科学史においては、当初は外見や文化や「能力」からかなり乱暴に作られたカテゴリーであるが、研究がDNAに踏み込むようになってからも、便宜的で「大まかな」区分であることは現代においても変わりがない。というのも、「人種」を明確に区分する定義は見つかっておらず、また1970年代以来、遺伝的多様性は「集団間」よりも「集団内」の方が大きいというのが科学的な合意だからである。したがってあくまでも「人種」は社会的・文化的概念である。

 ともかく、こうした曖昧な概念でもこのような「科学的な」解説の中に入り込んでいると、あたかも科学的な概念であるかのように錯覚してしまうから、「人種」に限らずその点は注意が必要であろう(もっとも、こうしたところから著者が社会科学にあまり関心がないことがうかがえる)。新書だからあまり細かいことを言いすぎても仕方がないが、けっこう影響力が強い本だと思うので一応指摘しておいた。

 

 ともあれ、本書がホルモン理解に関する素晴らしい入門書であることに変わりはない。「身体と心」についての知見がますます複雑になっている今、「基礎知識」の一つとしてこうした本を読んでおくのは重要であろう。ちなみに、こういう本の中に出てくるといわゆる「オヤジギャグ」もなぜか許せてしまう心理は気になるところである。

 

なんでもホルモン 最強の体内物質が人生を変える (朝日新書)

なんでもホルモン 最強の体内物質が人生を変える (朝日新書)

 

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