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フリー哲学者ネコナガのブログ

人間にまつわること、哲学や科学、宗教、社会の問題、生き方のことなど書いています。基本的にエッセイです。

時間は流れているのか(1)「流れている」と考える場合

 時間は流れているのか。一般的には、流れているであろう。しかし、流れていないという考え方も可能であるから、これについてみてみたい。結論から言えば「時間は流れていない」と考える方が現代的には整合性がとれるのだが、とは言え「時間は流れている」という考え方の方が一般的には今でも主流であるから、今回は先にそちらの方をみておこう。

 

 人類の歴史にみられる「時間は流れるものである」という考え方は、農耕が始まってから発生したとする説もあるが、いずれにしても大きく分けて三つのものがある。これは、一口に「流れる」とは言っても「どう流れるのか」というところから出てくる違いである。

 一つは、「時間は過去から未来に流れる」というものである。これは西洋で伝統的であったものだが(一般的には今でも主流だろう)、この場合の問題は、過去から未来に流れる途上として現在があるのなら、過去によって現在も未来も規定されてしまうところである。これはキリスト教の「予定説」と親和性が深いが、要するにすべてはすでに決まっており、そして初期状態は神が決めるしかなくなる。

 次に、「時間は未来から過去に流れる」というものである。現代的には、時間が「流れる」という前提なら、こちらの方が主流かもしれない。過去は「過ぎ去る」と表現するが、一般的な実感では、現在起きた出来事が「過去」となる。それなら、時間が経てば経つほどある出来事は現在から「離れてゆく」わけだから、現在から過去に流れることになる。そこで整合性をとれば、逆に現在は未来から流れてきたことになるから、時間は「未来から過去に流れる」のである。

 最後に、以上二つは時間が単線的なことを前提としているが、それとは別に円環的なものもある。これは一言でいえば「世の中はくり返しだ」という発想に根差したものであるが、古代ではよくみられる。そもそも農耕は一定期間ごとにやることが「はじめに戻る」し、人間そのものの「誕生」と「死」による世代交代も不可避的に起こるから、比較的変化が少ない社会の中で集団で生きる人間にとっては、ある意味とても自然な考え方かもしれない。

 

 以上は、大きく言えば人間が「文化的に」培ってきた時間観であるが、科学の世界では、当初はもっぱら「過去から未来に流れる単線的な時間」が想定されていた。西洋ではこの時間観と科学、それにキリスト教の関係を考えると卵が先か鶏が先かわからないが、いずれにしても科学は、その基本的な記述スタイルとして「原因があって結果がある」というモデルを採用してきたから、それなら「過去があって未来がある」と親和的なのは当然であろう。

 では、時間そのものは実在するのであろうか。そもそも、単線的であれ円環的であれ「時間が流れる」という考えは主語に「時間」を置いているのだから、「時間」という客観的存在が先になければ成立しないであろう。だから近代科学の創始者の一人であるニュートンは「何事からも完全に独立して一方的に流れる」ような「絶対時間」を想定していた。しかし、科学ではアインシュタインの相対性理論によってそれはくつがえされてしまった。

 簡単にみておくと、「速度」の測定はふつう観測者に依存するが(たとえば時速10キロで動いている観測者には並行して時速20キロで動くものが時速10キロと測定される)、光の速度(約30万キロ/秒)については、観測者の運動に依存せず誰がどこから観測しても常に一定であることがわかったために、これを前提に整合性をとろうとすると、時間と空間を分けて考えることができなくなったのである。

 だから科学は「時空」という別の概念を扱うことになるのだが(「空間」にしてもたとえば地球は常々まわっているから、「同じ場所」にいてもより大きな系からみればやはり動いているために絶対的基準はない)、このまま考えを進めると、次回みるように「時間は流れていない」ということにもなる。いずれにしても、客観的な時間、流れる時間というのは人間が生み出した概念であり、自然に存在するものではないということだ。

 

 非常にかけ足で紹介したが、ともかく確認しておきたかったのは、「時間」と言ってもそれをどのようなものであると想像するかは、時代によって、文化によって、考え方によって様々に異なるということである。「時間」に関する議論が錯綜するのは、こうして様々ある時間の中で「何を時間と呼ぶのか」が共有されていないからというのもあるだろう。次回は、本題である「時間は流れていない」という考えについてみてみることにする。

 

時間と空間の誕生―蛙からアインシュタインへ

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時間の歴史

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