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フリー哲学者ネコナガのブログ

人間にまつわること、哲学や科学、宗教、社会の問題、生き方のことなど書いています。基本的にエッセイです。

ジョークはなぜおもしろいのか─予測不可能性と感情

ちょっとした読み物

 ジョークはなぜおもしろいのか。

 そもそも、おもしろいものすべてがジョークではないにせよ、おもしろいものをジョークと呼んでいるのであろうから、ジョークがおもしろいのは当然だと言えば話は終わりであろう。

 しかし、ジョークがおもしろいとは限らない。同じジョークでも、笑う人もいれば場合によっては悲しむ人もいる。あるいは本人が冗談のつもりでも、相手は文字通り「冗談じゃない」と怒る場合もあるであろう。一方で時には「なんとも思わない」人もいる。

 

 なぜこんなことが生じるのか。ジョークを放つ時に何が行われているかを考えてみれば、要するにそれは「話の流れをずらす」ということである。つまり、相手が「こちらに進む」と思っている流れにそぐわないものを放り込む。だからジョークは「予想外であること」がおもしろさを生むと説明される。

 しかし、予想外であれば必ずおもしろいかと言えば、先にみたように反応は人それぞれであるから、「ジョーク」として成立するのには他の要因もあることになる。結局それは「おもしろいと感じたかどうか」という結果論であるのだが、少なくとも失念や怒りや憎しみが起こらないのであれば、そこでは「相手に敵対心を抱いていない」ことは確かであろう。だからこれを逆手に取れば、打ち解けるにはジョークを使え、となる。

 

 もっとも、実はこれでわかるように、「予想外」であればいずれにしても「何らかの感情が引き起こされる」ということは確かである。裏から言えば、あらゆる感情は本人が予想していないことが起こった時に生じるのである。それなら、「なんとも思わない」パターンにも説明がつく。つまり「予想通り」であったか、あるいははじめから意味が通じていないのである。もっとも、その場合は逆にジョークを放った方が何らかの感情を抱くことになるから、よくできているものである。

 

 より根本的な事を言えば、そもそも「予想外」が生じるのは、人間が「すべてを予想しつくしていない」からであると言える。していないだけなのかできないのかは定かではないが、ともかく人間がある意味での不完全性を持つことは間違いがない。それならジョークがおもしろいのは、実は「人間が不完全だから」かもしれないであろう。

 

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