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フリー哲学者ネコナガのブログ

人間にまつわること、哲学や科学、宗教、社会の問題、生き方のことなど書いています。基本的にエッセイです。

仏教は宗教か(2)仏教はどこで生まれたか

宗教とその周辺覚え書き

nekonaga.hatenablog.com

 

 前回、西洋―近代―キリスト教的な文脈での「宗教」概念について考えた。現在われわれが使っている「宗教」概念がそこに端を発することは、およそ間違いないであろう。

 

 しかし、日本語での「宗教」という言葉の使い方、あるいは日本における「宗教」という概念の扱いともなると、そちらはそちらでまた別に歴史を追う必要がある。

 さらに目的は「仏教は宗教か」を考えることであるから、「仏教」という概念についても歴史をみる必要があるであろう。順にみてみることにする。

 

 まず、日本における「宗教」という言葉の意味および概念の変遷についてみる。

 一般に、日本語での「宗教」という言葉は明治期に「religion」の訳語として誕生したとされている。「religion」がもっぱらキリスト教的なイメージとともにあることは前回みたが、日本にもその概念が伝わって新語ができたのであれば話は早い。しかし、そう簡単ではない。なぜなら、「宗教」という言葉自体は、訳語として新たに作られたわけではなく、独自の意味でそれ以前から存在していたからである。

 日本では、「宗教」という言葉は、漢訳仏典において古くから登場している。そして、ややこしいことに、元来そこでの意味は「仏教の説く真理」である。漢訳仏典だからつまり言葉は中国語なわけだが、元をたどればそれは「様々な教えの中から宗(中心)となるものを選び出す」くらいの意味で、いずれにしても仏教に親和的であった。つまり、日本で「宗教」とは仏教のことを指したのである。それなら、宗教即キリスト教であった西洋と話がかみ合わないことは容易に想像される。

 日本で「宗教」の意味が変化したのは、日本が「開国」してキリスト教と付き合うようになってからである。当初はひとまず、こちらはこちら、あちらはあちらでお互いに宗教には不干渉という態度だったのが、次第に日本でもキリスト教を認めるようになったことから、概念の整理が生じることになる。そこではつまり、西洋では「構造的に」キリスト教に似たものという区分として「宗教」が誕生したのに対して、日本では「機能的に」仏教に似たものという区分として「宗教」というものが生じたことになる。ただし、ややこしいことに実はこれもあとから整理した言い方である。なぜなら、そこではまだ「仏教」なるものの存在が不確定だからである。これについてはあとでみる。

 いずれにしても、東洋における「宗教」は、もともとは仏教の下位概念であり、仏教を要素として含むような仏教の上位概念ではなかったということである。つまり、宗教の一つとして仏教があったのではなく、仏教の一部として宗教があったと言える。言わば「仏教とは宗教」ではなく「宗教とは仏教」である。そこに「religionとはキリスト教」かつ「キリスト教とはreligion」の西洋的視点と出会い、「religion」に「宗教」という語をあてたことから、「宗教」が意味するものがもっぱらキリスト教―西洋的な「religion」へと変化するのである。

 要するに、翻訳語として外来の概念にもともとあった言葉をあててしまったために、その言葉がもともと指していた概念の方は薄れてしまったということでる。こういう例は結構あるが、一般的に言って、抽象概念を扱えるように国語を変形することは、他の言語に乗り換えないままで近代化するためには必要なことでもあった。

 わかりやすい例を言えば、「自然」という言葉がある。これは今では「シゼン」と読み、基本的に「nature」を意味するが、もともとは「ジネン」つまり「ありのままにある」ということで、人間と対立する客観的存在としての「シゼン」という西洋的な概念とはまったく異なっていた。しかし「nature」の訳語として「自然」をあてたために、もともとの「ジネン」の方は言葉として薄れてしまったのである。

 

 さて、少々ややこしいが、ここまでみたこと(1)、そして前回みたこと(2)をまとめると、次のようになる。

 

 (1)中心となる教え=宗教 → 仏教の説く真理=宗教 → 仏教=宗教

 (2)神と人を結びつける絆=religio → キリスト教=religion → キリスト教およびそれに似たもの=religion

 

 ここで、「religion」の訳語として「宗教」をあてることで、(1)と(2)の最後のところにゆるやかな結合ができあがる。すると論理的に言って宗教=religionに仏教とキリスト教が包摂されることとなり、ようやく「キリスト教も仏教も一つの宗教である」という共通了解が生じ得る。しかし、(1)では最後のところが「仏教のようなもの」となっていないことに注目する必要がある。それは、先にふれたようにそこでは「仏教」という概念そのものがまだ確定的ではなかったということであり、言いかえれば、「仏教」の方は自分から「religion=宗教」としての自己認識をしていないのである。

 それなら、これまで無批判に現代的なニュアンスで使ってきた「仏教」という言葉をみなおす必要がある。

 

 では、「仏教」はいつどこで生まれたのか。一般的な答えでは、約2500年前のインドで釈迦によりはじまるということになる。釈迦が実在した人物であることは物証もある。もっとも釈迦の生誕地ルンビニーはネパールで、死没したクシナガラは今はインドにあり、当時のクシナガラが今で言うインドなのかネパールなのかについては論争がある。その意味でインドかネパールかを明確に判定することは難しい。

 しかし、問題はそういうことではない。文献学的な態度を取れば、「仏教が」「約2500年前に」「インドあたりで生まれた」というのはすべて誤りかもしれないのである。

 

 日本での歴史をみてみれば、「仏教」という概念ができたのは、先の「宗教」と同じく「訳語として」である。つまり、「仏教」とは「Buddhism」の訳語なのである。それならそれ以前は「仏教」という概念はなかったことになるが、実際に江戸時代以前は今の「仏教」に近いものとして「仏法」とか「仏道」という言葉が使われていた。しかし、これは単に表面的な違いではなく、つまり宗教(religion)としては認識されていなかったということである。なぜなら、先に述べたように「宗教(religion)」という概念がそもそもなかったからである。一応、親鸞の著作などには「仏教」という文字はあるが、それは「仏の教え」を意味しており、一つの体系、一つの宗教=religionとしての認識ではないから、今でいう「仏教」とはまったく意味が異なるとされる。

 それなら、論理的に言って、現代的な意味での「仏教」という概念はあくまでもキリスト教―西洋が、前回みたような「宗教学」の誕生後の流れの中で、自画像を投影するように「宗教=religion」という概念を言わば東洋に「あてはめて」、そこではじめて「見出した」ものなのである。だからこれは、見方によってはオリエンタリズムの一種であるとも言えるであろう。

 したがって、宗教としての「仏教」をつくったのはなんと西洋の宗教研究者ということになるが、実際に宗教としての「仏教」(Buddhism)という言葉が最初にあらわれたのは19世紀初頭の西洋においてである。その意味では「仏教」は19世紀の西洋で誕生したことになる。要するに「仏教」の当事者たちは体系化や歴史認識には無関心だったということで、そこでは「仏教」という自己認識は「外から来たもの」なのであった。

 

 それなら、仏教を「仏教」と認識した時点で宗教とみていることになるから、結局はふりだしに戻り、「仏教は宗教か」という問いはやはり「問い自体がおかしい」と言わざるをえないのである。そこではある意味、「仏教」と呼んでいる時点で「宗教」とみているということだから、この問いでは答えがすでに含まれているからである。つまり、「黒猫は猫か」と問うようなもので、「黒猫」と呼んでいる時点で「猫」とみているのだから、この問いはナンセンスである。

 

 宗教研究の難しさは、実はここにあるであろう。「比較」しようとすればどこかに無理が生じるし、かといって詳細を追うとそもそもまったく違うものであるとわかる。それなら実は「宗教を理解する」というのは方便であり、そんなことは実は不可能なのであろう。つまり、「宗教」を扱っているようで、結局はどこまでいっても個別の何かを扱っているのである。もっともそれは、無意味ではない。

 

宗教概念あるいは宗教学の死

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