フリー哲学者ネコナガのブログ

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「仏教」は宗教か(1)宗教=キリスト教か

 「仏教は宗教か」ということについて考えてみたい。

 

 「仏教は宗教か」と問われたら、それに答えるのはとても難しいであろう。しかし、なぜ難しいのか。端的に言ってそれは、何を問うているのかがそもそもわからないからである。

  この問いは、よくみてみれば形式的には「はい/いいえ」型の質問である。したがって中身を知らなくても「はい/いいえ」を言えば問いには答えられる。しかし、どちらの答えが返ってきたとしても、それで完結することはまずないであろう。わざわざ問うているのだから、その理由を知りたいのが本音である。

 それなら、ふつうの感覚で言えば、この問いが本音で意味しているのは、結局のところ「仏教とは何か」「宗教とは何か」ということになるであろう。つまり問いが二つあり、そしてどちらも一般的な同意が成立しているとは言い難いもので、だからややこしいことになる。

 後者つまり「宗教とは何か」については言わばここでずっと考えている問題だから、ここで何かを言いきるわけにはいかない。もっとも、前者の「仏教とは何か」についてもここで別に書き始めてもいいくらい、整理すべきことはいくらでもある。そこで、ひとまずここでは「仏教」「宗教」それぞれの概念の歴史をたどることで何事かを結論してみることにしたい。言わば文献学的な答え方である。

 

 まず、「宗教」についてみてみる。西洋で宗教と言えば、たとえば英語では「religion」だが、西洋語で同形の語は古代ローマでのレリギオ(religio)に由来する。これは、キリスト教の教父たちが「神と人を結びつける絆」という意味で使っていた言葉であるが、つまり指しているのはもっぱらキリスト教で、だから「宗教概念はキリスト教にはじまる」と言われる。もっともこれは一つ目の理由で、宗教概念がキリスト教にはじまるとされるもう一つの理由についてはあとで述べる。

 宗教が即キリスト教であったことは、現代用語をあてはめて歴史をみればなかなか実感しがたいが、語義の変遷と歴史的な実感を探ってみればこれは明らかである。よく知られているように、中世から近代にかけての西洋では何から何までキリスト教のもとにあるのがあまりにも当然のことで、そもそも「人間」とはキリスト教徒のことであった。当時はおそらく、「自分がキリスト教徒である」という実感すらなかったであろう。

 それゆえに大航海時代では、航海先では今から見れば「大虐殺」を行ったが、実感としてはそもそもそこに人間はいなかったのである。あるいは、大航海時代の前後五百年にわたる記録を調べたところによると、各地へ旅した人は誰も彼も「宗教はなかった」と書いているそうである。今でこそ、人間がいるところならどこでも宗教があると言われるが、当時の実感ではそもそも人間は「ここ」にしかおらず、宗教も「これ」しかないのだから、つまり二重に話がかみ合わない。

 西洋の歴史におけるキリスト教の絶対性がどれほどのものであるかというのは、どれほど強調しても強調しすぎることはないであろう。近代になってもキリスト教の論理はいたるところにある。

 たとえば近代民主主義の根拠となっているジョン・ロックの『統治二論』をみてみると、第一論文でフィルマーの王権神授説をことごとく批判しているからといって神に批判的なのかと思えば、ロックは敬虔なプロテスタント信者である。第二論文を読むと「所有権」という概念とともに「生命・自由・財産」を挙げているが、それが不可侵なのは「神が与えたから」である。ロック、おまえもか。

 もっとも、一方でホッブズが「偽装した無神論者」と批判されることもあるように、何かにつけて「神」を持ち出すのはある意味では西洋の伝統で、近代においてはレトリックの場合もあると言えるであろう。しかし再びロックをみれば、別の著作では「宗教的寛容」を論じているが、そこで言う「寛容」はあくまでもプロテスタント内での寛容である。カトリックに寛容である必要はないし、「異教」など言語道断、ということであろう。やっぱり「人間」はキリスト教徒で、それもロックの想定する社会にはプロテスタントしかいないのである。これだけでも随分、実感のギャップがわかるのではないか。

 ちなみに、このことからもわかるように、そもそも近代国家はキリスト教の論理と不可分である。近代化にはキリスト教という土壌が必要不可欠なのである。これを見抜いたのは伊藤博文で、だから日本では近代化のために、天皇を神のポジションに置いて宗教(キリスト教もどき)を作らねばならなかった。

 

 いずれにしても、それなら「キリスト教」という自己認識的な概念がいったいいつ出てきたのかということが問題となる。大まかな時代区分としては近代であることに間違いはないが、結論から言えばそれは「宗教学」というものの始まりと密接に関係している。

 宗教学の誕生には、大きく分けて三つの理由がある。一つは、「科学」の台頭によってキリスト教が世俗化しはじめたことである。次に、そう思えば世界各地に「似たようなもの」はあったのではないか、と思い始めたことである。最後に、いわゆる「宗教改革」によって信教が私的な領域に閉じ込められてしまったことである(つまり政教分離である)。

 この三つは、いずれにしてもキリスト教の絶対性が自明視できなくなったことを意味する。そこで言わば自己認識的な体系化を行う必要があったために、キリスト教の絶対性を前提としていた「神学」とは別に、「宗教学」なるものをつくる必要があったのである。それならつまり、宗教学が研究するものが「宗教」であり、「宗教」のイメージはもっぱらキリスト教に基づくものである。だから当初の宗教学が言う宗教は、あくまでも「キリスト教に似たもの」なのである。「宗教概念はキリスト教にはじまる」の二つ目の理由はこれである。

 その意味で、文献学的な態度をとれば、「宗教=キリスト教」という主張を根本から否定することはできそうもない。それなら答えは簡単で、大枠で言えば仏教は宗教ではないということになるであろう。仏教にはそもそも神がいない。

 

 しかし、これはあくまでも一つの見方であり、つまり「仏教はreligioではない」とは言えるかもしれないが、「仏教は宗教ではない」と言うにはまだ早いと言える。あるいは日本語の「宗教」がイコール「religio」であるはずもないから、そちらを別に考えねばならないところだが、長くなったので今回はここまでとしたい。結局、仏教について何も語っていないではないか、ということであるが、次回は日本における「宗教」概念の歴史とともに「仏教」概念の歴史をみることにしたい。

 

宗教概念の彼方へ

宗教概念の彼方へ

 

 

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