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フリー哲学者ネコナガのブログ

人間にまつわること、哲学や科学、宗教、社会の問題、生き方のことなど書いています。基本的にエッセイです。

「百科事典」とは何か─ウィキペディアは百科事典か

 「百科事典」について考えてみたい。

 

 しばしば、ディドロとダランベールが編集した『百科全書』が世界最初の「百科事典」であるとされる。ちなみに、ダランベールは執筆にはかかわったものの編集作業からは離れてしまったから、百科全書の完成に当たってはディドロとともに、途中から加わって編集に尽力したジョクールという人物の功績が大きいとされている。

 『百科全書』は分冊モノで、第一巻は1751年に刊行されたが、思想史においては既成権力に対抗するものとしていわゆる啓蒙思想に位置しており、フランス革命につながる流れである。ディドロは第一巻から20年以上かけてこの仕事を成し遂げているから、並みの情熱ではないことがわかる。

 それ以前にも似たようなもの、つまり様々な分野での知識を結集させたものはあったが、『百科全書』が最初の百科事典と呼ばれる所以はおそらく、単に雑多な知識を集めただけではなく、それぞれの項目間に連関を持たせ、当時代のあらゆる知識を「一つの体系として」示したことにあるであろう。各項目の執筆には、モンテスキュー、ヴォルテール、ケネー、ルソーらを含め、この時代の進歩的知識人200人近くがかかわっている。

 

 さて、上のような「一つの全体として知的体系を示す」ということで「百科事典」を定義すると、その役割は大まかに言って三つあるであろう。

 一つは、言わば「共通前提」を示すものとして、議論の土台をつくることである。この面では、書かれている当の知識が正しいか間違っているかは、言わば関係がない。そこでは、共通の参照枠組みができることで、「それを元にして議論をはじめることができる」ところに意味があるのである。現代的に言えばこれは「学会」の担う役割である。

 二つ目は、専門外の分野での知識を得たい人のために、特定の分野で言わば「常識」として最低限知っておくべきことを示すことである。これは現在の百科事典が担っているいちばん大きな役割であろう。つまり、知識や学びを広げるための「道標」である。『百科全書』風に言えば、ミニチュア図書館としての役割である。

 三つ目は、 後世に対して、特定の時代・場所の知的体系をなるべく全体的に保存することである。つまり、知的体系が常に変化してゆくことを前提とした上で、あえて一か所を輪切りにする。この意味では書かれていることのみならず、「どのような項目が選ばれているか」「各項目がどのような順序で並べられているか」「誰が執筆しているか」「文体はどのようなものか」といった言外の情報が同時に残されることにも大きな意義がある。

 

 こうしてみれば、「百科事典」の大前提は言わば、一つの「全体」として便宜的に「完成」された形で示すことである。 この意味で言えば、「インターネット上の百科事典」として有名な「ウィキペディア」は明らかに伝統的な意味での「百科事典」ではないことがわかる。それについて少し考えてみる。

 実はウィキペディアも、もともとは専門家が執筆して査読つきで記事をアップしていたのが、記事数が伸びなかったので今のように誰でもいつでも編集できるようになったのだそうである。つまりウィキペディアは、「こういうことをやったらどういうことになるか」を探るための実験的プロジェクトとして存在しているとみればよいであろう。

 その意味でウィキペディアに評価を下すのはまだ早いが、いずれにしても伝統的な意味での「百科事典」とは異なるものであり、そもそも比較するものではないのであろう。「ネット時代の百科事典」と言ってしまいそうだが、現代でも百科事典は百科事典で編纂されているので(オンラインに移行されても基本的な性質は変わっていない)、「百科事典が変化した」というよりは「新しい何かが登場した」とみた方がよい。

 いずれにしても、「百科事典」であるためには項目内容の信頼性だけを議論していてもだめである。あるいはウィキペディアの信頼性についても両論あるが、その時に注意しておくべきなのは、ひとくちに「ウィキペディア」と言っても各言語版はそれぞれ独立しているということである。英語版を対象とした研究を日本語版にあてはめてみても仕方がない。

 

 まとめれば、百科事典には固有の伝統があり、それに則ればウィキペディアは百科事典ではないので、両者は異なる系譜でとらえるべきである。

 

 ちなみに、一応哲学系ブログとして紹介しておけば、専門家による執筆・査読つきでスタンフォード大学が運営しているオンラインの「Stanford Encyclopedia of Philosophy」というものがある。これも上の定義では百科事典かどうか微妙だが、信頼性は担保されておりさすがに読みごたえがあるので、興味のある方はどうぞ。

 

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