フリー哲学者ネコナガのブログ

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宗教はなぜ広まるのか(2)国家と普遍宗教

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 「宗教はなぜ広まるのか」ということで、前回は「布教」について少し考えてみた。今回はもう少し広げて、なぜ普遍宗教は広まるのか、ということを考えてみたい。広まりやすい宗教の特徴は、前回みたところによると(1)特定の民族や地域を超えて広まりうる構造をしていること、そして(2)広めることに積極的であること、であった。

 

 世界史を眺めてみると、特定の宗教の拡大をみるには「国家」というものとの関連をみることが不可欠であると考えられる。しかし、この時点で少なくとも一つの問題がある。「国家と宗教の関係」というと、国家と宗教がまったく独立に秩序を持っているかのように思えるが、国家が宗教を前提として成り立っている場合、そして宗教が国家を前提として成り立っている場合もあるからである。両者は明らかに、分けて考えることができない。

 そこで、それらを相対化するため、一つの考え方として柄谷行人の視点を少し参照してみたい。

 

 柄谷は、マルクスが歴史を「生産様式」に注目して段階的にとらえたのに対して、より一般的に「交換様式」の連関として世界史を読み解いている。交換様式には四つのものがある。

 まず、食物・財産・女性・労働等の贈与・返礼によって成り立つ互酬的な交換様式(A)。これはモースが『贈与論』で描いたような、未開社会で強い論理である。次に、略奪と再分配にはじまる支配・保護の交換(B)。これは、ホッブズが『リヴァイアサン』で描いたような近代国家的な論理である。さらにマルクスが『資本論』で描いたような市場経済での貨幣・商品の交換があり(C)、最後に未知のDがある。

 Dが未知なのは、それがこれまでの歴史において「理念」としてしか現れておらず、未だ現実のものとなったことがないからである。Dは、BやCが担保できない「倫理」を加える機能を持ち、またAがBやCによって壊される時、それを高次元で回復する役割を果たす。柄谷の主張では、このDの発想として歴史的に最初に出てきたものが「普遍宗教」であった。

 

 つまり、普遍宗教が必要とされるのは、言わば「足りないものを補うため」である。それなら普遍宗教は社会構造を変える影響を持つのかと言えば、現実にはそうなっていない。柄谷も指摘しているように、Dはこれまでのところ理念としてしか存在せず、現実的にはBやCによって取り込まれてしまうのである。したがって、実は普遍宗教は、歴史的にはもっぱら国家に利用されてきたと言える。

 

 そう思えば、普遍宗教が各地でやたらに変形してきた歴史がよく理解できる。つまりそれは、良くも悪くも時の権力が宗教を操作してきた歴史なのである。もちろん視点を落とせば民衆の間でその地に根差したものに変形しているだけなのだが、その方向付けを行っているのはもっぱら国家なのである。

 たとえば、キリスト教ではローマ帝国による受容が典型的である。そもそも、現在伝わるところのキリスト教ができたのはローマ帝国が国教とした時である。なぜなら『新約聖書』はこの時に編纂されたからである。当時のキリスト教徒は他にも数多の文書を伝えていたが、新約聖書として27の文書が正典として選ばれたのは、時の権力の意向によるのである。これは「帝国」の論理としては当然のことで、地域的な多神教信仰を保ったままでは支配地域を拡大できないため、国家の統治に利用しやすい形でキリスト教を変形させ、利用したとみることができる。

 あるいは仏教をみてみると、たとえば日本では、そもそも建国自体が仏教を土台とする統合だとされているし、平安時代までは朝廷や貴族のものだったが、鎌倉時代以降には民衆にも広まり、江戸時代にキリスト教が迫った時には、しっかりと檀家制度を敷いて仏教で囲い込んでいる。寺と家の結びつきは今でも日本仏教のイメージの基本であるから、やはり宗教は国家に利用されているのである。

 

 その意味では、特定の宗教が広まりやすいのは、(1)特定の民族や地域を超えて広まりうる構造をしており、(2)国家がそれを利用する場合、とみることもできる。大きな流れとしての宗教の理解には、こちらの方が有益であると思われる。つまり、ある意味で宗教史は「宗教の歴史」ではないのである。

 

帝国の構造: 中心・周辺・亜周辺

帝国の構造: 中心・周辺・亜周辺

 

 柄谷の思想については、どの本でもアウトラインは解説されているが、去年出た本書が読みやすい。新書で読める『世界共和国へ』もおすすめ。


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