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フリー哲学者ネコナガのブログ

人間にまつわること、哲学や科学、宗教、社会の問題、生き方のことなど書いています。基本的にエッセイです。

『戦争プロパガンダ10の法則』とフレーミング

書評と本の紹介

 少し前に読んだ『戦争プロパガンダ10の法則』アンヌ・モレリ著について書いておきたい。

 今年2月に文庫化されたものだが、このころはどうも、気になってはいたが買わずにいた本がなぜか続々と各社から文庫化されていたシーズンであった。したがって私は新刊の文庫本をやたらに買っていた気がする。本書などは中古価格が高騰していた気がするから、文庫で再刊されたのはとてもありがたい。

 

 さて、本書の内容は表題の通り「戦争プロパガンダ10の法則」であるが、実はこれは著者によるものではなく、1928年に出版されたアーサー・ポンソンビー著『戦時の嘘』でまとめられたものである。著者はつまり、これらの法則が第一次世界大戦時以外でも同じく通用していることを指摘する。まことに有用な知識というのはあるものである。

 目次そのままだが、10の法則を以下にあげてみる。これは、戦時になると時の指導者がおよそこの順で言説を展開することを示している。

 

 1 われわれは戦争をしたくはない

 2 しかし敵側が一方的に戦争を望んだ

 3 敵の指導者は悪魔のような人間だ

 4 われわれは領土や覇権のためではなく、偉大な使命のために戦う

 5 われわれも意図せざる犠牲を出すことがある。だが敵はわざと残虐行為におよんでいる

 6 敵は卑劣な兵器や戦略を用いている

 7 われわれの受けた被害は小さく、敵に与えた被害は甚大

 8 芸術家や知識人も正義の戦いを支持している

 9 われわれの大義は神聖なものである

10 この正義に疑問を投げかける者は裏切り者である

 

 プロパガンダというのはもちろん表の主張であり、心理戦であるが、そこにはプロパガンダの世界に固有の法則がある。

 重要なのは、戦時のプロパガンダにおいては、はたらきかける対象がもっぱら自国民だということである。そこではつまり、対立している両陣営がお互いに同じことを主張しているということが生ずる。国家としては裏の理由が別にあって戦っているわけだが、国民に対する説明はどこでも同じなのである。

 

 認知科学の議論を参照しながら本書の説明を補強してみよう。プロパガンダにおいて行われていることは、認知科学で言えば「フレーミング」である。一般に、フレームは認識を規定する。そこでは、どのような言葉を使い、どのような言葉を「使わない」かが重要となる。言葉を使う場合、われわれの認識は、その言葉に固有の「世界のきりとりかた」に大きく影響を受ける。そこでは、最初に出された言葉が議論の地平を決める。

 そこで上の10の法則をみてみると、特徴的であるのはまず第一に「敵」と「われわれ」の区別を打ち出していることである。そんなことは当然だ、と思う人は、フレーミングの罠にすっかりはまっている。本来なら、およそこの世界においてこのようなはっきりした二項対立が成立するはずはないのである。

 しかし、「敵」と言われた瞬間に、そこには敵が「出現」する。そして、「敵」とはまさに「戦うべき相手」のことであるから、戦うのは「防衛上、仕方がないことだ」ということになる。「敵」が「悪」であれば、反対に「われわれ」の「正義」も誇張される。実際は戦う理由が先にあって「敵」が認定されるのだが、「敵がいるから」「戦わなければならない」と認識をひっくり返すのである。

 戦時においては当然ながらマスメディアは完全にコントロール下にあるから(戦時だけではないかもしれないが)、マスメディアに同調していると、「模範的な国民」ができあがる。洗脳とは、特定の情報を与え続けることであると同時に、特定の情報を遮断することなのである。

 メディア・リテラシーを身につけるために読んでおきたい一冊。

 

文庫 戦争プロパガンダ10の法則 (草思社文庫)

文庫 戦争プロパガンダ10の法則 (草思社文庫)

 
戦争プロパガンダ10の法則

戦争プロパガンダ10の法則

 

 

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