読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

フリー哲学者ネコナガのブログ

人間にまつわること、哲学や科学、宗教、社会の問題、生き方のことなど書いています。基本的にエッセイです。

言語の何がそんなに不思議か─「言語学」は何をやっているのか

 言語にまつわる問題は、謎だらけである。

 

 人は、特別な事情がない限り、生まれ育った集団内での言語を母語として自然に身につける。しかし、そのこと自体がすでに謎である。どうやって自然に身につけるのか。コンピュータ技術が発達したおかげで、言語の習得過程をシミュレーションできないことはない。つまり、膨大なデータから統計的にパターンを見出すアルゴリズムを書けば、文法の獲得過程を記述できる。

 しかし、問題は、人間はそんなにたくさんデータを持っていないということである。人間が幼児期に言語を獲得する過程で得られるデータ、つまり経験することのできる周りの人の発話は、シミュレーションの場合に比べると明らかに絶対数が少ない。それも、すべての人が文法的に正しくしゃべっているわけではない。それでも人間は、なぜか短期間でふつうに言語を習得する。

 つまり、人間はどうも経験だけで言語を習得しているのではない。それなら、生まれつき何かを持っていることになる。いわゆる言語生得説である。そこでは人は、ゼロから言語を学ぶのではない。生まれつき持っている言語能力を、外部刺激に合わせて特定の言語用に調整しているだけである。生得度については議論があるが、ともかくこうした考えは主流となっている。

 

 一般に、あるいは科学の世界では、人間だけが言語を持つとされる。もちろんこれは人間からみた話であるが、少なくともわれわれが言語と呼んでいるものを操っているのは人間だけである。それなら人間に固有の能力と言語に関係があることはただちにわかる。

 人によっては、鳥のさえずりが人間の言語に最も近いものではないかと言う。鳥類や哺乳類は爬虫類から分かれたものだが、爬虫類では言わば顔の側面まで口が裂けているから、音を発し分けることができない。それなら生物の進化の歴史では、少なくとも言語の発生は最近起きたものだということになる。

 もっとも、発話が言語の本質とは限らない。言語をコミュニケーション能力の側面からとらえれば、似たようなことをやっている動物はもっと多くなる。あるいは身体を使って何かを伝達するということであれば、ミツバチの8の字ダンスなんてのも考えなければならない。しかし、動物の行動には遺伝子に規定されているものもあるから、それなら「意識」の問題もかかわってくる。言語の研究は一筋縄ではいかないのである。

 

 言語の研究が科学の分野で行われるようになったのは、きわめて最近のことである。人によっては異論もあるが、多くの場合は20世紀初頭のソシュールに転換点を置く。それまでの言語の研究は、いわば「文化」としての言語、あるいは歴史的構築物としての個別の言語の研究であった。つまり、現れたもの、客体としての言語である。

 ソシュールはむしろ言語のダイナミズムの方に注目した。つまり言語は確固たる客体ではない。そこで、「そもそも言語とは何か」という根本的な問いが出てくる。ソシュールによれば、言語とは記号の体系である。こうして、記号の相互作用としての言語の全体像を記述することに関心が向けられるようになる。

 ところが、20世紀の後半になると言語学には革命がおこる。それまでは言わば閉じた体系として個別の言語を研究していたのが、チョムスキーが現れて、すべての言語の根本的な構造は同じだと言い始める。チョムスキーによれば、個別の言語の文法規則はすべて、同一の簡単な規則で記述することができる。

 そこで、今度は言語を操ることのできる人間の「能力」の方に関心が向けられることになる。言語構造の多様性の限界は、人間の言語能力的な制約に根差しているに違いない。こうして言語は、人間の脳内に存在するものであるととらえられるようになる。そこでは、「言語」を知るには、「人間」についてのおそろしく包括的な理解が必要になる。

 言語の研究は、まだ始まったばかりである。

 

ソシュール 一般言語学講義: コンスタンタンのノート

ソシュール 一般言語学講義: コンスタンタンのノート

  • 作者: フェルディナン・ドソシュール,Ferdinand de Saussure,影浦峡,田中久美子
  • 出版社/メーカー: 東京大学出版会
  • 発売日: 2007/03/27
  • メディア: 単行本
  • 購入: 1人 クリック: 67回
  • この商品を含むブログ (70件) を見る
 

 

nekonaga.hatenablog.com


© 2015 ネコナガ (id:nekonaga)
Amazon.co.jpアソシエイト