フリー哲学者ネコナガのブログ

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「神秘体験」とは何か(2)神秘体験が起きやすい体質

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 「宗教」について考えることの一環として「神秘体験」を取り上げているが、前回は「状況的に起こりやすい」場合に注目してみた。今回は、「先天的、あるいは後天的に体験しやすい体質を持っている場合」について考えてみたい。先天的という場合は遺伝的特質によるもの、後天的という場合は怪我などによる損傷によるものだが、いずれにしても肉体的、身体的ということである。

 

 「幻覚」を頻繁に体験する場合は、現代社会では何らかの病気と診断されていることが多い(幻覚そのものが病気なのではなく、症状の一つとして幻覚が起こる)。しかし、何が病気かはあくまでもそれぞれの時代にそれぞれの場所で文化的に定義されるものである。われわれは常に、自らを基準にして物事を測るからである。

 

 たとえば、ジュリアン・ジェインズは、文献からの分析で、四千年ほど前までの人々はみな現代でいう「統合失調症」の状態にあったのではないかと推測している(『神々の沈黙―意識の誕生と文明の興亡』)。そこでは、「病気」という概念はおそらくなく、今でいう「幻覚」は日常体験だったと考えられる。これは、古代人の信仰心の篤さと関係があるかもしれない。古代では、およそ信仰のないところに歴史は生まれていない。

 あるいは、統合失調症は精神障害であるが、より物理レベルに近いところで言えば、側頭葉てんかんがある。側頭葉はもともと宗教的体験と関係が深い領域であるとされるが、たとえばよくあげられるのはサウロの例である(サウロはパウロの改宗前の名前である)。

 記述によれば、サウロはダマスコへ向かう旅路で突然強い光を受けて倒れ、目が見えなくなった。その時、「なぜわたしを迫害するのか」というイエスの声を聞いたという。側頭葉てんかんでは発作が起きると五感に異常を覚え、幻覚を体験することが多い。もちろん、これだけで断定できるわけではないが、その他の記述ともあわせてみれば、サウロが側頭葉てんかんだった可能性は高いとされている。

 このように、古来より宗教的体験はその記述を追ってみると病気の症状である場合が多い。マイケル・ガザニガによれば、モーセやブッダ、ムハンマドについても側頭葉てんかんが疑われるという(『脳のなかの倫理―脳倫理学序説』)。このように考えれば、ある時代までは、ある種の病気を持つ人は「異常」とレッテルを貼られるどころか、尊敬される対象だったのである。各地にみられるシャーマンも何らかの特異な体質を持っていることが多い(あるいは、幻覚作用のある植物を使うことも多いが)。

 

 神秘体験を得てそれが宗教と結びつく場合、特定の宗教の敬虔な信者となる場合と、本人が新たな宗教の教祖になる場合、あるいはサウロのように伝道者となる場合がある。いずれにしてもここで重要なのは、本人が、それが宗教的経験であると本気で信じているということである。実際には自分の脳によるものであるが、そうした知識がなければ宗教的体験であると解釈するのも無理はない。

 一般に、いかなる話であれ第三者が語るよりも本人が語る方が説得力が増すのは、身体的に空間を共有していると体感が伝播するからであるが、ここでは、本人が本当に強烈な体験をした経験を臨場感をもって思い出しながら語ることで、時にその体感とともに信念体系をも伝播させる。こうして本人が知らないうちに教祖なり伝道者なり、敬虔な信者となるのである。

 

 このように、宗教的体験が人間の認知構造に根差していると考えれば、人間は誰もが宗教的体験を覚える可能性があることになり、常に一定程度の宗教家や信者がいることは理解される。特定の宗教を知る者にはその宗教のリアリティが高まるであろうし、宗教を知らなければむしろ、そのような体験をすることで人間は宗教を作り出したと言えるのかもしれない。

 その意味では、人間にとって「宗教」とは、信じる方が普通であるようなものかもしれないだろう。つまり、どちらかと言えば、「信じる」ことを選択するのではなく、「信じない」ことを選択するのである。

 

神々の沈黙―意識の誕生と文明の興亡

神々の沈黙―意識の誕生と文明の興亡

 

 

脳のなかの倫理―脳倫理学序説

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