フリー哲学者ネコナガのブログ

人間にまつわること、哲学や科学、宗教、社会の問題、生き方のことなど書いています。基本的にエッセーです。

人間・思考・論理

言語は認知や思考を規定するのか─「言語相対論」「言語決定論」の歴史と議論の行く末

「言語は認知や思考を規定するか」というのは、現れては否定されるということを繰り返している、言わば「ポピュラーな議論」である。この発想自体はドイツのロマン主義にはじまるものだとされているが、有名なのは「サピア=ウォーフの仮説」だろう。これは…

「三段論法」の何が問題か

「三段論法」というものがある。最も古典的な例を挙げると、「ソクラテスは人間である」という小前提と「全ての人間は死ぬ」という大前提から、「ソクラテスは死ぬ」という結論を導くというものである。三段論法にも様々あるが、ここでは専らこの型を「三段…

「固有名」とは何か─固有名に「意味」はあるのか

「固有名」とは、同じ種類の他のものと区別するために、ある特定のものにつけられた名前である。例えば「ドナルド・トランプ」と言えば、彼が属する「人間」というものの中から彼のみを指示することができる。もちろん同姓同名の人もいるが、文脈があれば常…

なぜ「神は存在しない」と言えるのか

なぜ「神は存在しない」と言えるのか。この問いは、二つの場合に成立するだろう。一つは、誰かが「神は存在しない」と主張しており、それに対して、その主張の根拠を問うている場合である。これは当事者でなければ用がない論争であり、実際、ここで扱うのは…

「全ては苦である」について

「全ては苦である」。これは、仏教の思想を代表する言葉の一つとしてよく挙げられるものである。古くは西洋人の仏教観を大きく歪めたものでもあるが(ニヒリズムを通り越して、消え去ってしまうことを目的とするオカルト思想と思われていた)、これについて…

「矛盾」とは何か

「矛盾」とは、避けられるべきものである。このことは、あらゆる議論の前提として、ほとんど無条件に了解されている。しかし、われわれが端的に矛盾を避けるべき根拠はあるのだろうか。そもそも、それは避ける「べき」ものなのだろうか。あるいは避ける「し…

「話が通じる」ことについて

「因果関係とは何か」の記事で、ある事象Aとある事象Bの間に「因果関係」というものを(AとBに何が入ろうが)、認めることもできるし、認めないこともできるという考えを紹介した。余談から入るが、雑な言い方が許されるならば、これが「科学」と「哲学」の…

「因果関係」とは何か

「因果関係」とは何か。因果関係と言えば、よく言われているのは「相関関係と因果関係を区別せよ」である。これは、統計の入門書には必ず書いてある。では、ある事象Aとある事象Bの関係が、「相関関係」なのか「因果関係」なのか、われわれにどうやって区別…

「論理的である」とはどういうことか

「ポチは犬である」。ゆえに「ポチは動物である」。こういう推論がありうる。これは、「ポチは犬である」という前提から「ポチは動物である」という結論を導いているようで、論理的に見える。しかし、これは少なくとも一つの意味では「論理的」ではない(「…


© 2015 ネコナガ (id:nekonaga)
Amazon.co.jpアソシエイト