フリー哲学者ネコナガのブログ

人間にまつわること、哲学や科学、宗教、社会の問題、生き方のことなど書いています。基本的にエッセーです。

誰も読まないモンテスキュー『法の精神』─本当はこんなにおもしろい

1月も半ばだが、18日はシャルル=ルイ・ド・スゴンダの誕生日だそうである。そう言ってピンと来る人はあまりいないであろうが、一般的には「モンテスキュー」(1689-1755)として知られている人物のことである。誕生日はたまたま知ったが、これを機会に、モ…

年末年始は宇宙人のことを考えよう

www.nytimes.com www.forbes.com 年末年始ということで、近年にわかに盛り上がっている「地球外知的生命」について少し考えてみたい。 地球外知的生命と言えば、少なくとも半世紀前くらいからは一般的にも興味を抱かれていたと言えるだろう。もっとも問題は…

「定義」の重要性について少々、UFOなど交えながら

「定義」というのものの重要性について、少しみてみることにしたい。ロジカルな議論の世界では当然でも、一般的にはほとんど意識されていないと言えることである。 最初に、いわゆる「UFO」に関する議論を例に挙げてみよう。例えば、「UFOは存在しない」と主…

秋の夜長に楽しみたい本、ロバート・ヘイゼン『地球進化 46億年の物語』

今週のお題「読書の秋」 はてなブログの「今週のお題」で、「秋の夜長に楽しみたい本」ということである。もっともいくら「夜長」でも、よほどおもしろい小説でもなければわざわざ分厚い本を読みたい人は少ないであろうから、読むという作業よりもその内容を…

「哲学」「哲学者」「哲学書」とは結局何なのか

「哲学は役に立たない」。一般的にはそう言われることが多い(とされている)。しかし、哲学者ならこれに対してこう答えるはずである、「はい、その通り」。 これは、面倒な人を避けるための一つの返し方でもあるが、要するに反論はしないだろうということで…

ペンギンにとってクラゲとは何か

Who’s Eating Jellyfish? Penguins, That’s Who - The New York Times https://www.nytimes.com/2017/09/29/science/penguins-eating-jellyfish.html?smid=tw-nytimesscience&smtyp=cur 全ての生物が行っていることと言えば、当然ながらエネルギーの「摂取」…

コウモリはなぜ壁にぶつかったりぶつからなかったりするのか

コウモリはなぜ壁にぶつかるのか。テクノロジーの分野では、むしろコウモリは「なぜぶつからないのか」として参考にされたりしているのが、同様に「なぜぶつかるのか」を問うこともできるだろう。というより、元はと言えばどちらにも注目すべきかもしれない…

ダニエル・カーネマン『ダニエル・カーネマン 心理と経済を語る』、『ファスト&スロー』(上・下)

ダニエル・カーネマン『ダニエル・カーネマン 心理と経済を語る』(以下『心理と経済』)と『ファスト&スロー(上)・(下)』(以下『F&S』)を再読したので紹介することにする。一般的にはこの分野は実用的側面に注目して読まれがちだが、人間本性の探究という…

言語は認知や思考を規定するのか─「言語相対論」「言語決定論」の歴史と議論の行く末

「言語は認知や思考を規定するか」というのは、現れては否定されるということを繰り返している、言わば「ポピュラーな議論」である。この発想自体はドイツのロマン主義にはじまるものだとされているが、有名なのは「サピア=ウォーフの仮説」だろう。これは…

「ゲノム編集」で能力格差は生じるか─デザイナーベイビーは実現するのか

近年、「ゲノム編集」が社会的に話題になり始めたが、つい先日も「ゲノム編集でヒト受精卵を修復」としてNature誌に論文が出たというニュースが流れていた。ヒトの受精卵をゲノム編集することで、心臓病の一種の原因となる遺伝的変異を取り除くことに成功し…

「信じる」ことについて

「諦めなければ必ず~」という言い回しがある。典型的には、立場的に上の者が下の者を鼓舞したり、仲間同士で元気づけたりする際に使われるものである。もっとも、言っている張本人がすでに諦めていて、実際上は何の効力も持たないことも多い。 とは言え、効…

背表紙タイトル上下左右

文字を「どちらからどちらへ書くか」というのは、ご存知のようにそれなりのバリエーションがある。例えば古代では「牛耕式」というのも珍しくないが、つまり牛が農地を耕すように、左から右へ読んだ次の行は右から左へ読み、次の行はまた折り返して左から右…

「性淘汰」とは何か─もう一つのダーウィン進化論

ダーウィンの自然淘汰説ほど誤解されている理論はないとはよく言われることだが、もっと大きな誤解は、自然淘汰説だけで生物の進化は説明できる、ということだろう。実際は、元祖ダーウィンですらすでに自然淘汰とは別に「性淘汰」について言及しているので…

「未来予測」というものについて

tocana.jp スイス人のパウル・アマデウス・ディーナッハという人が書いた『Chronicles from the Future: The Amazing Story of Paul Amadeus Dienach』(未来からの年代記─パウル・アマデウス・ディーナッハのすごい話)という本が一部で話題になっているら…

何がグーグルではできないのか

なんだか仰々しいタイトルだが、ニューヨークタイムズのSunday Reviewに「グーグル検索でいいじゃないかと思われているけど自分の頭を使うべきであること」についての良い記事が出ていたので、そのあたりを少しみてみようという主旨である。もちろんこうした…

狂人・奇人・変人

「狂人」という言葉がある。一方、「奇人」もあれば「変人」もあるだろう。任意に選んだが、このように並べてみると、どうも「変人」というのが最も一般的である。実際、「変人」は最も一時的な状態に過ぎないようなニュアンスがある。明日になったら変人で…

「三段論法」の何が問題か

「三段論法」というものがある。最も古典的な例を挙げると、「ソクラテスは人間である」という小前提と「全ての人間は死ぬ」という大前提から、「ソクラテスは死ぬ」という結論を導くというものである。三段論法にも様々あるが、ここでは専らこの型を「三段…

「固有名」とは何か─固有名に「意味」はあるのか

「固有名」とは、同じ種類の他のものと区別するために、ある特定のものにつけられた名前である。例えば「ドナルド・トランプ」と言えば、彼が属する「人間」というものの中から彼のみを指示することができる。もちろん同姓同名の人もいるが、文脈があれば常…

「自由」とは何か─「自由」とは何でないか

「自由」とは何か。あまりにもざっくりした問いだが、いくつかのことを整理しつつ、これについて考えてみたい。 まず言葉についてみると、日本語における「自由」は、J・S・ミルの『On Liberty』(『自由論』)の訳語として定着したものであると言ってよい…

「サルでもわかる」について

「サルでもわかる」あるいは「サルにもわかる」というのは、何かのタイトルの一部としてよく見かける言葉である。これは、意味としては「バカにもわかる」のことだと言って反対する人はまずいないだろう。 もっとも、それならサルがバカであるなどと誰が言っ…

なぜ「神は存在しない」と言えるのか

なぜ「神は存在しない」と言えるのか。この問いは、二つの場合に成立するだろう。一つは、誰かが「神は存在しない」と主張しており、それに対して、その主張の根拠を問うている場合である。これは当事者でなければ用がない論争であり、実際、ここで扱うのは…

「全ては苦である」について

「全ては苦である」。これは、仏教の思想を代表する言葉の一つとしてよく挙げられるものである。古くは西洋人の仏教観を大きく歪めたものでもあるが(ニヒリズムを通り越して、消え去ってしまうことを目的とするオカルト思想と思われていた)、これについて…

「矛盾」とは何か

「矛盾」とは、避けられるべきものである。このことは、あらゆる議論の前提として、ほとんど無条件に了解されている。しかし、われわれが端的に矛盾を避けるべき根拠はあるのだろうか。そもそも、それは避ける「べき」ものなのだろうか。あるいは避ける「し…

「話が通じる」ことについて

「因果関係とは何か」の記事で、ある事象Aとある事象Bの間に「因果関係」というものを(AとBに何が入ろうが)、認めることもできるし、認めないこともできるという考えを紹介した。余談から入るが、雑な言い方が許されるならば、これが「科学」と「哲学」の…

「因果関係」とは何か

「因果関係」とは何か。因果関係と言えば、よく言われているのは「相関関係と因果関係を区別せよ」である。これは、統計の入門書には必ず書いてある。では、ある事象Aとある事象Bの関係が、「相関関係」なのか「因果関係」なのか、われわれにどうやって区別…

なぜ人は宝くじを買うのか

なぜ人は宝くじを買うのか。宝くじで当たるためである。宝くじ自体を持っていなければ、宝くじで当たることはない。 では、なぜ宝くじで当たりたいのか。それは、大金を手にしたいからである。あるいは、「夢を買う」という人もいる。 「夢を買う」というの…

「論理的である」とはどういうことか

「ポチは犬である」。ゆえに「ポチは動物である」。こういう推論がありうる。これは、「ポチは犬である」という前提から「ポチは動物である」という結論を導いているようで、論理的に見える。しかし、これは少なくとも一つの意味では「論理的」ではない(「…

「道徳」とは何か─倫理との違い、あるいは守るべきかについて

nekonaga.hatenablog.com 先日書いた上の記事で「善い行いをするために必要なのは共感ではなく理性である」という考え方を紹介した。しかし、倫理的であるために理性をはたらかせるべきである理由は他にもある。というより、日本社会ではそもそもまだ「共感…

「共感」はそんなに重要か─Paul Bloom『Against Empathy』

ポール・ブルーム『Against Empathy: The Case for Rational Compassion』を読む。邦訳されていないが(たぶんされるはず)、非常にいい本だったので紹介したい。 一言でいえば道徳に関する実践的な一冊だが(私は道徳という言葉を倫理という意味で使いたく…

なぜいろいろなものが見出されるのか─パターン認識と複雑性

www.nature.com 人間の脳が持つ基本的な、しかし奥深い機能の一つに「パターン認識」がある。こうした能力を誰もが当然のものとして備えているのはもちろん、人類が生き延びるために必要だったからであるが、つまりこの能力は生存に役に立つから進化してきた…


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